以上のように、「影響は限定的」というのがメインシナリオなのですが、リスクシナリオについても記しておく必要があるでしょう。それは、「民主主義のコスト」とでも言うべきものです。
リーマン・ショックの後、米国で銀行に資本を注入する法案(厳密には若干異なりますが)が否決された事がありました。納税者の血税を銀行救済のために使う事に対し、有権者の拒絶反応がきつく、議員たちが反対票を投じたからです。銀行への公的資金の注入が、銀行のためではなく、銀行の貸し渋りを緩和して中小企業の資金繰りを支援するためであるにもかかわらず、納税者には複雑な仕組みがわからなかったのです。
もっとも、納税者の怒りも、理解できる面もあります。公的資金を注入された銀行の幹部が、神妙にしていれば良いものを、恥知らずに高額の報酬を受け取っているからです。公的資金注入後に幹部から末端まで大幅に報酬を引き下げた邦銀と比較すると、「文化の違い」としか言いようがありません。こうなる事が予見できていたからこそ、納税者の拒絶反応が厳しかったのだ、と筆者は後になって妙に納得したものです。
リーマン後の米国議会と、今後の欧州各国の議会を比較してみましょう。たとえばドイツ議会で「ギリシャを助けるためにドイツ国民の血税を使うのはケシカラン」という議論が出る可能性は充分にあります。「ギリシャを助ける事がドイツの利益になるのだ」という事をドイツの有権者に理解させる事は、それほど容易なことではないからです。
更に、ギリシャが財政再建を行なわず、莫大な年金を支払い続けるとすれば、ドイツ国民の怒りが増し、救済案が国会を通らない可能性は高まるでしょう。
ギリシャ国民にとってみれば、「ギリシャがユーロから脱退してギリシャ通貨を大幅に切り下げる」という選択肢が、「自分の年金を大幅にカットする」という選択肢よりも魅力的に見えるかもしれません。更に言えば、「ユーロから脱退しなくても、年金をカットしなくても、ドイツが助けてくれるだろう。助けなければ、ドイツも困るのだから」と割り切って考える人もいるかもしれません。
国内問題であれば、中央政府が地方政府に年金切捨てを強要する事も出来るのでしょうが、ギリシャは主権国家ですから、ドイツが無理やりギリシャの年金を切り捨てさせる事は出来ません。それを逆用してギリシャが捨て身作戦に出るとすると、チキン・ゲームの末、最悪の結果を招く可能性も、理論的にはあるでしょう。
以上、あくまでも、リスクシナリオとして頭の体操をしたまでで、そうならない事を切実に望んではいますが、どうなりますことか。 |