地球温暖化問題の深刻さが叫ばれながら、対策が遅々として進まない理由は数多くあります。
第一は、いずれの国にとっても「国際的な排出量削減の枠組みが成立し、自国だけ当該枠組みに参加しない」ことが最も望ましいということです。「枠組みに参加しない国だけ温暖化する」といった仕掛けは作りようが無いからです。すべての国が同じことを考えると、枠組みが成立し得ないでしょう。
第二は、誰がどれだけの負担をするのか、という議論の前提が噛み合わないことです。現在の温暖化ガス排出量を出発点として一律○○%削減、という目標を設定すると、現在の排出量の少ない発展途上国から不満が出ます。先進国の間でも、既に省エネに取り組んでいて削減余地の小さな国と、対策を怠っていて削減余地が充分にある国の間で不公平が生じます。反対に、人口一人あたりの排出量を平等に決めるという方法も理論上は可能ですが、先進国が途上国から排出権を大量に購入する必要が生じ、現実的ではないでしょう。排出権の購入料金が途上国への援助として機能するという前向きな考え方もあり得るでしょうが、たとえば人口の多い中国とインドがカルテルを組めば、料金が暴騰することにもなりかねません。いま一つの問題は、貧しい国に人口を増加させるインセンティブが生じてしまうため、世界の人口爆発が一層深刻になりかねないということでしょう。
省エネを促すためには、経済規模に比例した排出量を各国に認めるという方法が考えられます。日本政府が主張しているセクター別アプローチも、本質的にはこれに類似したものと言えるでしょう。「途上国が豊かになるのは御自由にどうぞ。ただし、先進国並みの省エネを御願いしますよ」ということですから、途上国としては、正面切って反対することが難しいでしょう。もっとも、各国からすると、省エネが進んだ国(すなわち日本)が「皆さんも私のようになりなさい」と言っているだけに聞こえるでしょうから、幅広い賛同を得ることは難しいかもしれません。
第三は、温暖化対策が政治的に人気が無いことです。温暖化防止の対策は、今すぐにコストがかかります。金銭面のコストのみならず、エコバックを持ち歩く手間もコストです。一方で、対策の効果は遠い将来に発生します。
人間の常として、今すぐ発生するコストの方が遠い将来に発生するベネフィットよりも過大評価しますから、こうしたプロジェクトは人気が出ないのです。火事を消したり泥棒を捕まえたりする仕事は、効果が直ちに表われますから、そうした予算は通りやすいですが、たとえば大地震に対する備えは効果が何時表われるかわかりませんから、予算が通りにくいというわけです。
いま一つ問題なのは、対策の効果が目に見えないことです。温暖化が生じなかった時に、「温暖化が生じなくてよかった」と思う人よりも、温暖化問題の存在を忘れてしまっている人の方が多いとすれば、「温暖化防止の旗振り役を務めれば、将来は英雄になれる」と考える人もいないでしょう。地震対策であれば、将来地震が発生した時に自分の自治体だけ被害が少なければ、自治体の長は英雄になれるかもしれませんが、温暖化対策はそうしたことが見込めないからです。 |