では、こうしたメカニズムが働かなくなる可能性はあるのでしょうか。理論的には、「日本が円の対ドル相場を気にしなくなった場合」で、かつ「米国がツケで飲むことを飲み屋が拒否するようになった場合」でしょう。それは、ドルが基軸通貨を降り、日本の貿易がユーロか人民元で行なわれるようになった時でしょうから、数十年先のことでしょう。そもそも現時点ではユーロや人民元が基軸通貨になる条件が整っていませんし、仮に将来条件が整ったとしても、基軸通貨には慣性の法則が働くため、実際に交代するまでは長い期間を要するでしょう。ポンドからドルに基軸通貨が交代した時も、そうでした。また、基軸通貨が交代した後も、米国経済に魅力があれば、ドルの暴落は限定的でしょう。ドル暴落で米国企業が安く買収できるようになれば、世界中から買収資金が流入することで、ドルが戻るからです。したがって、米国企業に魅力がなくなるか、米国の対外債務が大きすぎて米国企業の買収資金が流入しただけでは足りないといった事態が生じるまでは、安心していてもよいようです。
それでも数十年後の暴落が心配だという方のために、保証はいたしかねますが、気休めとしての安心材料を御提供しておきましょう。
気休めの第一は、長期的に見て緩やかなドル安が続くことで、米国の経常収支赤字が減少していく可能性があることです。欧州は介入に熱心ではありませんから、米国の赤字に素直に反応してユーロ高が進んでいく可能性があります。中国は、いつまでも巨額の黒字を続けて外貨準備を貯め続けるわけにもいかないでしょうから、人民元レートを少しずつ切り上げていくでしょう。
気休めの第二は、米国は少子高齢化のスピードが遅いということです。30年後には、日本は少子高齢化によるISバランスの悪化(平たく言えば、作る人と使う人の比率が変化することで貿易収支が赤字になるという現象)によって経常収支赤字に苦しんでいるかもしれません。中国も、一人っ子政策の影響が本格化して老人比率が高まっているでしょう。一方で米国は、出生率が比較的高いこともあり、それほど少子高齢化を気にする必要はなく、相対的には有利な位置にあると言えるでしょう。
今一つの気休めは、米国を巡る資金フローが活発で、経常収支赤字のファイナンスにとどまっていないという事から来ます。この結果、米国は対外債務と対外資産がともに巨額で、2005年末の海外から米国への投資残高は12.5兆ドル、米国から海外への投資残高は10兆ドルとなっています。対外債務はほとんどがドル建てでしょうが、対外資産は現地通貨建ての部分も多いと思われます。このことは、仮に対外資産が全額現地通貨建てだとすると、ドル価値が25%下落しただけで米国の対外純資産のマイナスは自動的に消えてしまうことを意味しています。
余談ですが、遠い将来の話をするのであれば、ドル暴落の心配よりも円暴落の心配の方が先かも知れません。少子高齢化が進むと同時に、勤勉や節約といったものに対する価値観が従来と大きく異なる世代が経済の中心になってくるとすると、日本の経常収支は赤字となり、ドルと円との交換比率はドル高になっていく可能性が高いのではないでしょうか。
|