(8) 地価が下げ止まったとの認識に基づいて追い貸しを行なったが、結果として地価下落が続いて不良債権問題が深刻化したという事例について、結果だけを見て「追い貸しが不良債権問題を深刻化させた」と批判する向きがあるが、この場合の問題は見通しを誤ったことにあるのであって、追い貸しを行なったことにあるのではない。このことを示すため、本稿のモデルでは、地価が横ばいであると予想され、結果としても横ばいとなったという前提を置いて議論を行なうこととしたものである。
(9)
Berglof and Roland (1997)は、取引銀行を一行としている。小林・才田・関根 (2002)は取引銀行数に言及せずに実証分析を行なっているところをみると、取引銀行数と追い貸しの関係を認めていないようにも見える。しかし、追い貸しを論じる際には取引銀行数は重要である。追い貸しをした資金が他行への返済資金となってしまう可能性があると、銀行は追い貸しを躊躇するはずだからである。本稿が取引銀行を1行に限定した理由の一つは、こうした問題が議論を複雑化しないようにということである。
いま一つの理由は、借り手の資産の価値と担保の価値の差についての考慮を不要とすることである。借り手の資産は、銀行の担保に供されているか否かにかかわらず、借り手清算の際には返済原資となるものであるから、銀行の回収額を論じる際には借り手の資産について論じるべきところ、Berglof
and Roland (1997)と小林・才田・関根 (2002)は、借り手企業の資産の価値ではなく担保の価値を論じている。これは、担保に供されていない資産は借り手清算の際に返済原資とならないという不自然な仮定を暗黙のうちに置いているものと思われる。小林・才田・関根
(2002)についてはともかく、一行取引を前提に置いているBerglof and Roland (1997)がこうした扱いをしているのは適切ではない。こうした問題点を排除するため、本稿では借り手の負債は全額がメインバンクからの借入であるとし、したがって借り手の資産すべてがメインバンクへの返済の原資になるとした。
(10)
櫻川(2002)もBerglof and Roland (1997)も銀行が資金制約に服しているとの前提を置いているが、90年代の邦銀の円貨貸出に関しては、(一部の銀行が金融不安時に資金調達に不安を感じたという例外的なケースを除けば)いつでもいくらでも市場から必要資金が調達できたため、追い貸しに資金を使ったから新規融資がクラウディングアウトされたといったことは起きなかったと思われる。
(11)償却とは、銀行の決算書においてバランスシート上の貸出債権の残高を予想される回収可能額まで減らすと同時に、損益計算書上の今期損益を予想される回収不能額だけ悪化させることとする。
(12)
金利がゼロで、銀行がリスクニュートラルであるとの前提の下では、割引現在価値は将来の各期の予想回収額の合計に等しい。
(13)
もっともこのインセンティブは、「追い貸しによって銀行の貸出債権が不良債権と認定されるのを回避し、会計基準などによって裁量の許される範囲内で銀行の決算を良く見せよう」というものであるから、望ましいものとは言えず、保守的な銀行ほど、また決算状態の良好な銀行ほど、こうしたインセンティブを自重するであろうことには留意が必要であろう。また、90年代後半以降、銀行の決算を実態に近づけさせようという圧力が徐々に強まり、銀行の裁量の余地が減少してきていることにも留意が必要であろう。
(14) 銀行が元本の借換に応じる場合には、追い貸しであっても、銀行の借り手に対する貸出残高は増加せず、借り手が無一文になった場合の銀行の損害額も変化しない。利払い資金を追い貸しする場合にも、貸出残高こそ増加するものの、利払いとして受け取った資金をそのまま貸し出すだけであるから、新たな資金を交付するわけではなく、借り手が無一文に陥った場合の銀行の損害額が増えるわけでもない。一方、ニューマネーを供給すると、借り手が無一文になった場合の損害額が拡大するという意味で、銀行のリスクが拡大する。したがって、銀行にとっては追い貸しの中でも相当覚悟の必要な取引と言える。
(15)
企業自体の生産性はともかく、当該プロジェクト自体は生産性が高いと言えるであろう。「生産性の低い企業への追い貸しは問題である」という論者は多いが、企業の生産性が低くても、生産性の高いプロジェクトが存在するならば、それに対して追い貸しを行なうことは、なんら批判されるべきことではないであろう。Berglof
and Roland (1997)がこうした評価を行なっていないのは、問題である。
(16)
利払いが出来ないと必ず清算されるというものでもない。後述の金利追い貸しモデルを参照。
(17)
銀行のリスク管理上、実質的な債務超過先に対する貸出は、出来れば避けたいものである。したがって、こうした先に対するニューマネーの供給は、慎重に検討し、相当な覚悟を持って行なう新プロジェクトという扱いになるであろう。一方で、ニューマネーを伴わない追い貸しは、「他に望ましい選択肢が無いためにやむを得ず選択する」ものであり、特に難しい意思決定ではないように思われる。
借り手から「借入金を全額返済することは出来ない」という連絡がはいった銀行として、採りえる選択肢は「借り手を清算して出来るだけ回収する」「借り手を清算することもなく、追い貸しをすることもなく、貸出金が返済されるのを待つ」「追い貸しを行なって、返済させる」の3つである。追い貸しせずに待つ選択肢と追い貸しの選択肢は銀行のキャッシュフローは等しく、追い貸しをしなければ当該貸出が不良債権と認定されて償却を迫られかねない。一方で借り手を清算すれば直ちに銀行決算上の損が確定する。こうした中で、「他の選択肢よりは望ましい」という消極的な理由によって追い貸しが選択される場合も多いのではなかろうか。
(19)
実際には、このことを知っている借り手は、ほとんど満額返済できる場合にはリストラに励んで清算を回避する一方で、資産価値が一定以上に低下した場合には放漫経営を続けてますます返済能力が失われていくということになる。したがって、「逆転現象」には至らずに「C社の二極化」が起こる場合も多い。しかし、金利上昇により借り手の収益が悪化すれば、ほとんど満額返済できる場合には清算され、資産価値が一定以上に低下した場合には追い貸しを受けられるという「逆転現象」が生じ得る。
(20)
景気が回復すると資金需要が高まり、BIS規制の制約が強まる要因となるが、資金需要については日銀が金融政策でコントロールすることもあり、爆発的に増加することは考えにくい。一方で、銀行の自己資本については不良債権の回収が進むと急激に回復する傾向にあるため、差し引きすればBIS規制の制約は緩むケースが多いと思われる。
(18)
「貸出の8%(=12.5分の1)だけ自己資本を持つべし」というのがBIS規制の基本であるため、BIS規制の制約に服している銀行が自己資本を毀損した場合には、増資によって毀損分を埋めない限り、貸出を減らさざるを得ないからである。 |
(1)モデル構築の基本的な考え方
本稿は90年代の邦銀の貸出を念頭においたものであるため、環境設定としてはバブル崩壊後の不況期を念頭に置く。物価上昇率はゼロであり、金融は緩和されており、ゼロ金利政策が採用されているとする。資産価格は下落がおさまり、すでに横這いに転じているとする(8)。
バブル期に銀行から融資を受けた借り手が、借金で購入した不動産が値下がりしたことにより、実質的に債務超過となったケースについて考える。もっとも、バランスシートには当該不動産が購入価格で計上してあるため、形式的には借り手は債務超過ではない。
当社の負債は、全額がメインバンクからの借入である(9)。
企業には、「リストラ」と「放漫経営」の選択肢がある。リストラケースの企業収益はRe、放漫経営ケースの企業収益はRi(Re>Ri)とする。リストラケースの賃金総額はWe、放漫経営ケースの賃金総額はWi(We<Wi)である。
当社は実質的に債務超過であり、株主が配当や残余財産の分配にあずかれる望みが小さいため、株主は企業経営に興味を示していない。したがって、企業の意思決定は社員の利害を重視して決められており、通常であればリストラよりも放漫経営が選択される。もっとも、「放漫経営を続けていると銀行によって企業が清算されてしまう」と考えられる場合には、リストラが選択される。
銀行は、利益の最大化を目指して行動する。すなわち、経営者が保身のために株主の利益を犠牲にして追い貸しを行なうといったコーポレートガバナンス上の問題は存在しないとする。
銀行の貸出金利をPとする。インターバンク金利とリスクフリーレートは等しいとし、これをrとする。特にことわりのない限りゼロ金利政策を前提としているため、rもゼロとなる。銀行は、資金制約には服していないため、rを支払えば、いくらでも市場から資金を調達することができる(10)。
銀行が限界的な借り手に対する新規貸出を行なうことによって得られる利鞘(Pからrと銀行の諸コストを差し引き、貸し倒れ損失の期待値を差し引いたもの)は原則としてゼロであるとする。これは、銀行が資金制約に服していない場合を想定しているため、利鞘が存在する限り銀行は市場から(あるいは日銀から)資金を調達して新規に貸出を行なうからである。したがって、銀行に新規資金が流入した場合、新規貸出を行なっても利鞘が稼げないので、市場で運用してrの収益を得ることになる。
もっとも、銀行がBIS規制の制約に服している場合(本稿においてBIS規制の制約に服すとは、ルール上BIS規制が適用されるということにとどまらず、BIS比率が8%に接近していてBIS規制の存在が貸出増加の制約要因となっているという意味である)にはこの限りではない。BIS規制の制約によって限界的な借り手に対する融資は行なえないため、最後の一単位の貸出の利鞘はプラスとなる。したがって、銀行が自己資本の減少によりBIS規制の制約をより強く受けることになれば、貸出残高の削減によって収益が圧迫されることになる。この場合に削減される貸出の利鞘をP’とする。
なお、本稿では銀行の審査能力は所与とし、したがって貸し倒れ損失の期待値も所与とする。また、銀行はリスクニュートラルである(収益の期待値を最大化すべく行動し、収益の安定性には興味を示さないため、不確実性に対するリスクプレミアムは要求しない)とする。
企業を清算する場合には、倒産コストが生じる。これをBとする。これには弁護士費用のほか、使える資産がスクラップにされてしまうことに伴う損失などが含まれる。
銀行は決算に際し、不良債権を償却する(11)
。不良債権とは、借り手が決算書上で債務超過に陥るか、元利金の支払いが延滞している貸出債権とする。借り手が実質的に債務超過であっても、表面上の決算が債務超過でなければ、銀行は「借り手は将来業況が改善して返済できる」と判断して不良債権認定を行なわない裁量を有しているものとする。
銀行の利益最大化を考える際に考慮されるのは、当該借り手に対して追い貸しを行なった場合と当該借り手を清算した場合でいずれが銀行の回収額が多くなるかということである。これは、借り手を清算した場合には清算に伴う銀行への配分額を基準に算定され、清算しない場合には将来の回収額の割引現在価値(12)とする。したがって、表面上の決算数字よりも実態が重視されることになる。
加えて、銀行がBIS規制の制約に服している場合には、表面上の決算数字が銀行の貸出可能額に影響し、結果として実態上の銀行収益にも影響することになるので、その範囲内においては表面上の決算数字の改善も銀行の目的となり得るものとする(13)。
本稿において追い貸しとは、実質的な債務超過状態にある企業に対し、銀行が貸出(新規貸出を行なう場合のみならず、期限の到来した貸出を回収すると同時に返済資金を貸出する借換取引の場合も含む)を行なうことを指すものとする。
単に追い貸しと記す時には放漫経営を行なっている借り手に対する追い貸しを指すものとし、借り手がリストラを行なえば追い貸しが行なわれるという場合をリストラ型追い貸しと呼ぶことにする。
(2)元本追い貸しモデル
A社は、バブル期に土地を仕入れてビルを建設しはじめたが、バブル崩壊により経営不振に陥った不動産会社であるとする。
第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1。資産は当該土地と建設中のビルだけで、時価評価額はN(N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、銀行の回収額はゼロである(B≧N)。A社を清算しない場合には、銀行は1期末まで貸出残高を維持したままで様子見を行なう。A社は、第1期にリストラを行なうか放漫経営を続けるかを決定する。
第1期に企業がリストラをした場合、企業の利益はRe(≧0)、第一期末の資産の時価評価額はN+Re。第1期に企業が放漫経営を選択した場合、企業の利益はRi(≦0)、第一期末の資産の時価評価額はN+Ri(0<N+Ri≦N+Re≦B≦1)となる。いずれの場合も銀行が第1期末にA社を清算すれば、倒産コストが資産価格を上回り、銀行の回収額はゼロとなる。銀行は、第一期末にA社を清算しない場合には、ビルを完成させるために1の追い貸しを行なわなければならない。
追い貸しを行なった場合の第2期末の企業の資産の時価評価額は、リストラケースで1+N+2Re、放漫経営ケースで1+N+2Ri(1<1+N+2Ri≦1+N+2Re≦2)となる。第2期末には、銀行はA社を清算することなく、みずから貸出債権を売却するか、A社に営業譲渡をさせることにより、A社の資産の時価評価額と同額を回収することが出来る。
この場合、銀行は企業の選択にかかわらず、A社の清算を避けて追い貸しを行なうことになる。借り手を清算すれば銀行の回収額はゼロであるが、1の追い貸しを行なえば1以上の回収が見込まれるためである。A社もそのことを容易に予測できるため、放漫経営を選択する。こうして「リストラも行なわない経営不振のA社が追い貸しを受けられる」という事態が各経済主体の合理的な選択の結果として実現することになる。
以上、銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考察してきたが、BIS規制の制約に服している場合には、より一層追い貸しを行なうインセンティブは高くなる。A社を清算すれば貸出金が全額償却されるため、A社に対する貸出額の12.5倍だけ他の貸出を削減しなければならないからである。
では、モデルを拡張してr>0とした場合にはどうなるであろうか。借り手を清算した場合の返済額はゼロであるから、「rが大きいから借り手を清算して少しでも返済させて運用しよう」ということにはならない。したがって、金利上昇の直接的な影響だけを考えれば、追い貸しを抑制することにはならない。
金利上昇が借り手の収益を圧迫すれば、1+N+2Ri<1≦1+N+2Re≦2となり、「借り手が放漫経営を続ければ清算されてしまう」という状況になるかもしれないが、こうした状況になれば借り手がリストラを行なうであろうから、結果としてはリストラ型追い貸しが続けられるであろう。
さらに金利が上昇して1+N+2Ri≦1+N+2Re<1となれば、借り手がリストラを行なっても清算されてしまうことになるが、よほどNが小さいか、よほど金利が高いか、いずれにしても相当例外的なケースで清算が選択されるに過ぎないであろう。
当該モデルは、銀行が借り手に対してニューマネーを供給する(借り手に対して借換ではなく利払資金の供給でもなく、新規に資金を供給する(14))取引を取り扱ったという意味で、Berglof
and Roland (1997)と同じ問題意識に立つものと言えよう。追い貸しを受けることで借り手が従事できるプロジェクトが、借り手にとって大きな意味を持つプロジェクトであって(15)、それが完成することで銀行が追い貸し額以上の返済を受けることが出来るという面でも、Berglof
and Roland (1997)と同じ設定を行なっていると言えよう。
Berglof and Roland (1997)との相違点は、Berglof and Roland (1997)が銀行に資金制約がある場合を取り扱っているのに対し、当該モデルが資金制約の存在を否定していることである。Berglof
and Roland (1997)は、限られた資金が追い貸しに用いられると、その分だけ貸し渋りが行なわれかねないとしているが、当該モデルは「追い貸しが行なわれたことで貸し渋りが助長されることはない。むしろ、追い貸しにより銀行の不良債権償却額が減少すれば、BIS規制の制約が緩んで銀行の貸出は増加するため、貸し渋りを緩和する方向に働く」ことを示唆している。この違いをもたらしているものが、資金制約を考慮するか否かである。
(3)元本借り換えモデル
B社は、バブル期に借金で土地を仕入れ、当該土地で駐車場を営んでいる。第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1。資産は当該土地だけで、時価評価額はN(0<N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、倒産コストは無視できるほど小さい(B≒0)ため、銀行の回収額はNである。
銀行の融資は毎期末が期限となっているため、銀行は、B社を清算しない場合には、返済額(=1)と同額を追い貸ししなくてはならない。追い貸しを行なった場合で、B社がリストラを行なえば、第1期にB社の利益がRe(>0)生じ、第1期末の資産の時価評価額はN+Re(0<N+Re<1)となる。追い貸しを行なった場合で、B社が放漫経営を選択すれば、第1期の利益がゼロ(Ri=0)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となる。
この場合、銀行はB社の選択にかかわらず追い貸しを実行する。第ゼロ期末にB社を清算して回収した金額Nを新規融資に回したとして、モデルの前提より第1期末に受け取れる金額の期待値はN(1+r)、すなわちNである。一方、第ゼロ期末に追い貸しを行い、第1期末にB社を清算したとして、銀行が第1期末に受け取れる金額はN+Pである。後者の方が、利率がrよりも高いPであるし、しかも利息の計算根拠がNよりも大きい1であるため、銀行にとっては好ましいのである。したがって、銀行が第ゼロ期末にB社を清算することはない。同様に第1期末にB社を清算するよりも第2期末に清算する方が望ましいので、第1期末にも銀行はB社を清算せず、追い貸しを行う。以下の期についても同様である。
以上、銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考察してきたが、BIS規制の制約に服している場合には、より一層追い貸しを行なうインセンティブは高くなる。借り手を清算すれば貸出金が1−Nだけ償却されるため、償却される金額の12.5倍だけ他の貸出を削減しなければならないからである。
では、モデルを拡張してr>0とした場合にはどうなるであろうか。rが上昇すればPも上昇するであろうから、上記の数値を用いれば、清算した場合のN(1+r)よりも追い貸しを行なった場合のN+Pの方が大きいことには変わりない。したがって基本的には上記の構図は変化せず、金利上昇が追い貸しを抑制するという直接的な効果は無いであろう。
金利上昇が借り手の収益を圧迫すれば、「借り手が放漫経営を続ければ利払後損益が赤字になり、支払える金利の額がN×rをも下回ってしまうため、銀行によって清算されかねない」という状況になるかもしれないが(16)、こうした状況になれば借り手がリストラを行なうであろうから、結果としてはリストラ型追い貸しが続けられるであろう。
さらに金利が上昇すれば、「借り手がリストラを行なっても利払後損益が赤字になり、支払える金利の額がN×rをも下回ってしまうため、銀行によって清算されかねない」という状況になるかもしれないが、それでも借り手が清算されるとは限らない。銀行がBIS規制の制約に服している場合には、「追い貸しによって借り手を延命させないと、銀行が貸出金を償却させられ、自己資本が毀損されることでBIS規制の制約が厳しくなり、第三者への貸出を削減せざるを得ず、利鞘が減少する」という判断のもとに、追い貸しが行なわれる可能性があるからである。こうした可能性については、次の「金利追い貸しモデル」において検討する。
当該モデルおよび次の金利追い貸しモデルは、銀行が資金制約に服していないと考えている点に加えて、銀行がニューマネーの貸出を行なわないという点で、Berglof
and Roland (1997)と異なっている。90年代において邦銀が「非効率な企業を追い貸しにより延命させている」と批判されていたのは、ニューマネーを伴わない追い貸しが主であったものと思われるため、Berglof
and Roland (1997)に比べて90年代の邦銀の追い貸しをより適切に説明するモデルであると思われる。また、一般論としても、ニューマネーを伴わない追い貸しは伴うものよりも、銀行実務上の抵抗感がはるかに小さい(17)と考えられ、実行されるケースも多いと思われることから、こうしたモデルの重要性は高いと考えられる。
(4)金利追い貸しモデル
C社は、バブル期に借金で土地を仕入れ、当該土地で駐車場を営んでいる。第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1である。資産は当該土地だけで、時価評価額はN(0<N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、倒産コストは無視できるほど小さい(B≒0)ため、銀行の回収額はNである。このとき、銀行の被る損失は、元本の未回収分(1−N)である。
銀行の融資は毎期末が期限となっているため、銀行は、C社を清算しない場合には、返済額(=1)を追い貸ししなくてはならない。追い貸しを行なった場合で、C社がリストラを行なえば、第1期にC社の利払後利益がゼロ(Re=0)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となる。追い貸しを行なった場合で、C社が放漫経営を選択すれば、第1期の利払前利益がゼロ(金利分だけ赤字。Ri=−P)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となるが、金利は未払いのまま残る。したがって、第1期にC社が放漫経営を選び、第1期末に銀行が追い貸しを選ぶ場合には、追い貸しの金額は1+Pとなる(貸出残高が増加することになる)。
この場合でも、結論としては銀行は追い貸しを行なう。第ゼロ期末において、第1期にC社が放漫経営を選択することが決まっているとすれば、銀行が追い貸しを行なうか否かはケース・バイ・ケース(後述)である。しかし、「放漫経営を行なえば銀行は追い貸しをせずにC社を清算するであろう」と思われるようなケースにおいては、C社はリストラを行なうであろうし、その結果としてC社の利払い前利益がゼロとなれば、(銀行にとっては元本借り換えケースのB社が放漫経営を行なった場合と同様であるから)銀行はリストラ型追い貸しを行なうことになるからである。
では、放漫経営でも追い貸しを行なうのは、どういう場合であろうか。はじめに、銀行がBIS規制の制約に服さない場合について考えてみよう。
銀行は、借り手を清算した場合には、モデルの前提に従い、回収した資金はリスクフリーレート(つまりゼロ金利)で運用する。この場合、第ゼロ期末にC社を清算してNを受け取った銀行は、これを運用しても第1期末にNしか受け取れない。一方、第ゼロ期末に1を追い貸しし、第1期にC社が放漫経営を選択し、第1期末に銀行がC社を清算した場合には、銀行は第ゼロ期末に元本1を受け取り、第1期末にNを受け取る。銀行としては、第0期末については1を支払って直ちに受け取っているため、差し引きすれば第1期末にNを受け取っただけということになる。したがって、銀行の利益は追い貸しを行なってもC社を清算しても同じだということになる。
銀行が第1期末にC社を清算せずに1+Pを追い貸しし、第2期末にC社を清算する場合についても同様に、追い貸しを行なっても行なわなくても銀行の収益上は同じだということになる。追い貸しを行なった場合、第1期末に受け取る元利金が1+P、第2期末に受け取る回収額がNであり、そのうち第1期末に受け取る1+Pは追い貸しとして交付する金額がそのまま銀行に戻ってくるものであるから、差し引きして結局のところ銀行が受け取る金額はNとなり、これは第1期末にC社を清算して受け取ったNをリスクフリーレートで運用した結果と同じだからである。
次に、銀行がBIS規制に服している場合(資金制約には服していない場合)について考えてみよう。結論を先に記せば、この場合には銀行は放漫経営を選択したC社に対しても追い貸しを行なうインセンティブを持つ。
第ゼロ期末にC社を清算した場合には、受け取ったNを運用しても第一期末に受け取れるのはNである。一方で、第ゼロ期に1−Nの損を計上することにより、その分だけ自己資本が減少し、減少幅の12.5倍だけ第三者に対する貸出を削減せざるを得なくなる(18)。
これに伴う利益の減少幅は、(1−N)×12.5×P’である。したがって、差し引きした純受取額はN−(1−N)×12.5×P’である。これは、第ゼロ期末に追い貸しを行なって第1期末にC社を清算した場合の受取額であるNよりも少ない。したがって、銀行は追い貸しを行なうことになる。
(5)逆転現象モデル
金利追い貸しモデルを拡張し、r>ゼロの場合について考えてみよう。はじめに銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考えると、銀行は利払いの出来ない借り手に対して追い貸しを行なうインセンティブを持たないため、rがゼロでない限り、借り手を清算してNを回収し、それを運用しようとするであろう。もっとも、それを知っている借り手はリストラに励んで利払いを行なうであろうから、結果としては借り手は清算されず、リストラ型の追い貸しが行われることになろう。金利上昇により借り手の収益が悪化して、リストラ後でもN×r以下の金利しか払えない状況になれば、リストラ型追い貸しも行なわれず、借り手は清算されることになろう。
では、r>ゼロで、銀行がBIS規制の制約に服するというケースについてはどうであろうか。
第ゼロ期末にC社を清算した場合の第1期末の受け取りは、N(1+r)であり、自己資本減少の影響は(1−N)×12.5×P’である。したがって、追い貸しが行なわれるためには、N(1+r)−(1−N)×12.5×P’≦Nが成り立つ必要がある。これを整理すると、N≦12.5P’/(12.5P’+r)となる。これは、C社を清算すれば貸出金が比較的多く回収できるという場合に清算が、C社を清算しても回収額が少ない場合には追い貸しが選択されるという「逆転現象」が生じ得ることを意味している(19)。
これは、小林・才田・関根 (2002)の指摘した「非線形な関係」が、小林・才田・関根 (2002)のモデルとは異なった設定のモデルにおいて、説明できるということである。
もっとも、90年代の状況に鑑みれば追い貸しが逆転現象をもたらしたとは考えにくい。90年代には、金融は緩和されていてrが低位で推移していた一方、銀行経営者はBIS規制を常に強く意識していたであろうから、彼らの意思決定に際してはP’が実際よりも大きく評価されていた可能性が高い。したがって、上記数式において潜在的な清算対象となった借り手は、債務超過が相当軽微で、銀行がレピュテーションリスクなどを考えて清算を思いとどまるような先が多かったと思われる。一方、大幅な債務超過に陥っている借り手に関しては、上記式からすると銀行は追い貸しのインセンティブを持つことになるが、粉飾を疑われる惧れや当局の検査で指摘される惧れなどから、実際には追い貸しを行ないにくい事情があったと思われる。
では、景気が回復してrが上昇してきた場合には、どうなるであろうか。結論から記せば、この場合にも逆転現象が生じるケースは稀であろう。景気が回復すると、一般論として借り手の収益が改善し、返済能力が高まる。これは、C社群の中でNが1を大きく下回る先が減少するということである。銀行からすれば不良債権の回収が進んで自己資本が充実し、BIS規制の制約が緩くなる(20)ということであり、これによりP’が縮小する。一方でrが上昇するから、Nが相当小さい場合にのみ追い貸しが行なわれるということになる。したがって、追い貸し対象のNの範囲が減り、その範囲に存在するC社群の数も減るため、追い貸し対象社数は急減することになる。
さらに、銀行としてはNが小さい先については粉飾決算を疑われる惧れもあり当局検査で指摘される惧れもあるために清算したいというインセンティブ(本稿のモデルには織り込まれていないが)があり、自己資本の回復はそれを可能とする一因となる。したがって、Nが極端に小さい借り手はモデルにかかわらず清算されることになる。結果としてみると、景気が回復してrが上昇するような局面では、放漫経営を続けるC社群に対する追い貸しは行なわれず、したがって「逆転現象」も発生しない(リストラする企業はリストラ型追い貸しを受けられ、放漫経営を続ける企業は清算されるというノーマルな二分化は行なわれる)ということになるのである。
金利の上昇で利払い負担が増加して決算が悪化する借り手もあるであろうが、多くの借り手は景気回復に伴い売上増加によって利益が増加するであろう。したがって、「リストラに励んだが、利払い負担が増加したために利払後損益がマイナスになり、結局清算された」という企業はそれほど多くないであろうし、そうした企業は非効率な企業であるから、好況時には清算された方が資源配分という意味では望ましいと言えるのかもしれない。 |