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Jul06 2006.7.1
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「追い貸し」の合理性について

<はじめに> <第1節 問題意識> <第2節 先行研究
第3節 理論モデル><第4節 考察> <第5節 小括

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はじめに
  あいかわらず景気は好調で、特に記すこともない情況です。そこで今回は、勤務先大学の紀要に寄稿した論文を御紹介します。当サイトの読者には興味をお持ちいただきにくい題材かもしれませんが、要旨だけでも御覧いただければ幸いです。
要旨up
   銀行が合理的に行動したとしても、「実質債務超過でありながらリストラを怠っている借り手に対して追い貸しを行なう」ことはあり得るし、それが国民経済的に望ましい場合もある。したがって、「追い貸しだから問題だ」とは言えない。
   たとえば建設中のビルを完成させるための資金を追い貸しすることは、銀行の回収額を増加させるのみならず、生産的で国民経済的にも意義のあるプロジェクトである。また、債務超過であっても借り手が自力で利払いを行なっていれば、これに対する追い貸しも、銀行にとり合理的で国民経済的にも意味がある。
   「銀行が利払い資金を追い貸しして借り手を延命させ、自己資本の毀損を防いでBIS規制の制約を逃れる」という行為も、銀行にとっては場合により合理的な行為であり得るし、国民経済的にも有害とは言い切れない。マクロ的な資金配分への悪影響が限定的である一方で、貸し渋りを緩和する効果も期待でき、しかも景気が回復するとこうした追い貸しが縮小されていくメカニズムが内包されているからである。
   銀行がBIS規制逃れの目的で追い貸しを行なう場合には、モデル上は、「借り手の資産が少ないほど追い貸しを受けやすい」という逆転現象が生じ得る。もっとも、90年代の邦銀の状況に鑑みれば、そうした実例は多くなかったと思われる。
  銀行が追い貸しを行なうことが予想されると借り手がリストラを怠るという問題があるため、銀行としては「リストラしないと清算する」と脅す必要がある 。
第1節 問題意識up
   バブルが崩壊して以降、銀行が「貸し渋り」をしているという批判が絶えなかった一方で、銀行が「追い貸し」によって非効率な企業の延命をしているという批判も行われてきた。実際、何故破綻しないのか不思議に思われるような企業が銀行の融資によって延命していた例は少なくない。しかも、追い貸しを受けた企業がリストラを怠っているように見えるケースも多かった。こうした事例について「銀行の情実融資である」、「銀行の役員が責任を追及されるのを恐れて借り手を延命させている」などとして銀行を批判する論者は多い(1)
  本稿は、モデルを用いて「銀行が合理的に行動した結果として追い貸しを行っていた可能性もある」ことを指摘することによって、こうした論者に再考を促すものである。
  たとえばビルを建設途中の会社が破綻の危機を迎えたときに、会社が破綻して銀行が融資を回収できなくなる場合と比較して、追い貸しを行うことによりビルが完成して銀行の回収額が増えるのであれば、その融資は合理的であろう。
  通常の借り手が実質的に債務超過に陥り、利払い前損益がゼロ(利息を払うと利益が残らない状態)となった場合にも、貸出金満額に対して延滞せずに金利が支払われるならば、銀行としては元本の借り換えに応じることが合理的であると言えるだろう。
  極端な場合には、実質的に債務超過に陥っている借り手が利払い前の損益がゼロ(金利も払えない状態)だとしても、その借り手に対して利子分を追い貸しすることによって銀行が不良債権の計上を免れるとすれば、銀行にとって追い貸しが合理的な選択となり得るかもしれない。「不良債権処理によってBIS比率が低下し、貸し出しを絞らざるを得なくなることで利鞘収入を失う」というケースと比較すれば、「債務者の実質的な債務超過に目をつぶり、追い貸しにより債務者の利払いの延滞を予防する」という選択肢は、裁量の範囲内であれば(粉飾決算と言われない範囲内であれば)、合理的と言い得るからである。
  銀行にとって追い貸しが合理的だとすれば、借り手にとってはリストラに励まなくても融資が受けられることになるため、放漫経営を止めるインセンティブが乏しくなるかもしれない。したがって、「銀行が合理的に行動した結果として、放漫経営を続ける借り手に銀行が追い貸しを続ける」という現象が起きることは、一定の条件の下では十分に起り得ることなのである。本稿は、モデルを用いて「一定の条件」について考察を行なうものである。
  本稿の構成としては、「第2節 先行研究」で銀行の追い貸しに関する代表的な先行研究であるBerglof and Roland (1997)および小林・才田・関根(2002)についてレビューする。つづいて「第3節 理論モデル」において、銀行の合理的な行動としての追い貸しのモデルを提示する。内訳としては、「(1)モデル構築の基本的な考え方」において本稿の示すモデルの基本的な前提などを解説したのち、「(2)元本追い貸しモデル」においてはビル建設中に破綻の危機に陥った借り手について、「(3)元本借り換えモデル」においては実質的に債務超過状態にあって利払い後損益がゼロである借り手について、「(4)金利追い貸しモデル」においては実質的に債務超過状態にあって利払い前損益がゼロである借り手について、それぞれ銀行の追い貸しに合理性があり得ること、しかも借り手がリストラしないでも追い貸しを受けられる可能性があること、などをモデルにより示す。「(5)逆転現象モデル」では、金利追い貸しモデルを拡張することにより、「借り手の資産が少ないほど追い貸しが受けやすく、リストラを怠りやすい」というモデル上の可能性を示唆した上で、そうしたケースが実際には多くなかったであろうとの考察を行なう。「第4節 考察」においては、理論モデルから導き出される帰結を含めて、追い貸しに関する幅広い考察を行なう。内訳としては、「(1)銀行のブラフ戦略」では、借り手にリストラを促すために銀行がブラフ戦略を採り得るか否かを考察する。「(2)追い貸しと銀行決算」では、追い貸しを行なう場合と行なわない場合の銀行決算の差について検討し、実証研究を行なう際の留意点について考察する。「(3)追い貸しの促進と抑制」では、モデルに組み込まれていない要因なども含めて追い貸しの促進要因と抑制要因について幅広く考察を行なう。「(4)追い貸し批判について」では、追い貸しに対する批判的見解に関し、追い貸しが本当に批判に値するものであるのか否かを考察する。最後に「(5)小括」で本稿のまとめを行なう。
第2節 先行研究up
 

追い貸しに関する代表的な先行研究としては、Berglof and Roland (1997)および小林・才田・関根 (2002)が挙げられる。
  Berglof and Roland (1997)は、1単位の貸出を行った銀行が、「追い貸しをしなければ何も回収できないが、1単位の追い貸しを行えば1単位以上の回収額が見込まれる」という状況においては追い貸しを行うインセンティブを持つこと、そのことを知っている借り手は真剣に働いて少しでも多く返済しようと考えるよりも努力を怠ろうとすること、などを指摘する。これは、「なぜリストラもしない企業が追い貸しを受けられるのか」を説明するモデルとして興味深い。
  もっとも、清算しても何も回収できないような深刻な状態にある企業に銀行が新しく資金交付を行うことは稀であるし、行われたとしても一回限りである場合が多い(2)。一方で90年代後半に日本で問題とされていた追い貸しは、破綻寸前の企業に対して銀行が融資残高を維持して非効率な企業を延命させ続けたというものであり、こうした追い貸しを説明するモデルとしては、Berglof and Roland (1997)は不向きである。
  また、Berglof and Roland (1997)は資金量に制約のある銀行が追い貸しを行うか新規融資を行うかの選択を迫られた場合について、「審査能力が低いと新規融資に伴う期待収益率が低いので追い貸しのインセンティブが高まる」としているが、これも90年代の日本について説明するモデルとしては使いにくい。当時の日本において銀行が直面していたのは資金量の制約ではなくBIS規制の制約であったことを考えると、審査能力の向上が追い貸しを抑制する効果はそれほど重要ではない一方で、追い貸しを行わずに借り手を清算した場合に銀行の自己資本が毀損されて貸出を抑制せざるを得なくなる効果が重要だからである(3)
  なお、Berglof and Roland (1997)は、企業を清算した場合と追い貸しを行った場合で銀行の回収額に差が生じる(正確には、差額が追い貸し額を上回る)理由について明示していないが、これは問題である。企業の持つ資産の価値に追い貸し額を加えたものが一義的には銀行の回収可能額となるはずであり、そうでないとすれば、その理由を明示すべきであろう。
  差が生じる理由としては、「追い貸しの場合にはプラスの価値を生むプロジェクト(たとえば建築中のビルの完成)が実行されるから」「追い貸しを行わない場合には借り手企業に清算コストが生じるから」ということが考えられる。Berglof and Roland(1997)がこうした理由を考えているのであれば(担保処分の困難性などに言及していることから、その可能性は大きいと思われるが、明示されてはいない)、銀行の追い貸しはまことに合理的な行動であり、しかも国民経済的にも貢献度が大きいと言えるだろう。Berglof and Roland (1997)には追い貸しについて否定的な記述が見られるが、それが何故なのか、明示されていないのは問題である。

Berglof and Roland (1997)を発展させた小林・才田・関根 (2002)は、実証研究によって、債務比率がある程度以上高まると貸出が増加に向かうというような非線形な関係があること、などを示している。その根拠としては、「他の条件が一定であれば、追い貸し後の回収額が多いほど、また担保の処分価格(4)が低いほど、追い貸しのインセンティブは高まる」という趣旨の記述や、「担保価値がある程度以上に毀損されると追い貸しのインセンティブが増す」という趣旨の記述が見られる。
  もっとも、それでは「銀行が追い貸しを行なった場合と行なわなかった場合を比較して、回収額の差が追い貸し額を上回る場合には銀行は追い貸しを行なう」という至極当然のことを述べたに過ぎないのではなかろうか。そもそも、単純に考えれば、「借り手の担保が毀損されれば、追い貸しを行なったことで銀行が回収できる金額も減少するはずであって、それならば追い貸しのインセンティブは増さない」はずである。なぜそう考えないのかが明示されていないことは、問題である。
  一方で小林・才田・関根 (2002)は、実証研究によって「高債務先で貸出を受けたところほど、収益性を低下させる傾向がある」ことを示し、追い貸しが借り手の効率性を引き下げたことを示唆していると指摘している。しかし、「追い貸しを行うと回収額が増えるのはプロジェクトが生産的で意義があるからだ」という可能性を考慮することなく、追い貸しが借り手の効率性を引き下げたと結論づけるのは無理がある。
  また、小林・才田・関根 (2002)には「追い貸しにより借り手の返済可能性が増すので、借り手に対する債権の価値が上昇する。これは追い貸しのインセンティブである」という趣旨の記述も見られるが、これも疑問である。倒産コストを考えず、建設中のビルの完成といった特段の事情もないとすれば、追い貸しを受けた企業は、資産の増加と同時に将来の返済負担が増すので、返済能力が増すとは言えないからである(5)。債権の価格が上昇するとの指摘までは正しいが、それは追い貸しを行なった銀行の負担において既存の債権者の予想回収額が上昇するからであり、追い貸しのインセンティブとなるようなものではないのである(6)
  小林・才田・関根 (2002)はまた、実証研究がBerglof and Roland (1997)のモデルと整合的であるとしているが、このモデルが上記のように90年代の邦銀の行動を説明するには不向きであることを考えれば、実証研究の結果がBerglof and Roland (1997)と整合的であることが偶然の一致なのかもしれない。
  あるいは小林・才田・関根 (2002)の結果は、「そもそも借金返済能力の低い会社だから債務比率が高い」「ROAが低下した会社は90年代の借入金返済競争の中でも借入金を増やさざるを得なかった」ということを逆から見ているだけであるとも考えられる。「薬を飲んでいる人は飲んでいない人よりも体調が悪い」のは、薬が悪いからではなく、「体調が悪い人が薬を飲んでいるから」なのかもしれない。
  ちなみに本稿のモデル(後述)も、一定の条件の下で「借り手の状況が悪化するほど銀行が追い貸しを行なうインセンティブを持つ」といった「逆転現象」の可能性を否定するものではない。しかし、90年代の状況に鑑みればこうした条件を満たしていたケースは相当例外的なものにとどまっていたと思われ、小林・才田・関根(2002)の実証分析が本稿の「逆転現象モデル」を支持しているとは考えにくい。
  Berglof and Roland (1997)、小林・才田・関根 (2002)以外の先行研究としては、櫻川(2002)がBIS規制の制約を回避するために追い貸しを行なって借り手を延命させるという仮説をモデルにより説明していて興味深い(7)。もっとも、櫻川(2002)は、銀行が資金制約に服しているとの前提を置いており、90年代の邦銀の行動を分析するには不適切である。また、銀行のコーポレートガバナンスに問題があって銀行が合理的に行動していないという前提を置いている点で、本稿の問題意識と乖離している 。

第3節 理論モデルup

(1)モデル構築の基本的な考え方
  本稿は90年代の邦銀の貸出を念頭においたものであるため、環境設定としてはバブル崩壊後の不況期を念頭に置く。物価上昇率はゼロであり、金融は緩和されており、ゼロ金利政策が採用されているとする。資産価格は下落がおさまり、すでに横這いに転じているとする(8)
  バブル期に銀行から融資を受けた借り手が、借金で購入した不動産が値下がりしたことにより、実質的に債務超過となったケースについて考える。もっとも、バランスシートには当該不動産が購入価格で計上してあるため、形式的には借り手は債務超過ではない。
  当社の負債は、全額がメインバンクからの借入である(9)
  企業には、「リストラ」と「放漫経営」の選択肢がある。リストラケースの企業収益はRe、放漫経営ケースの企業収益はRi(Re>Ri)とする。リストラケースの賃金総額はWe、放漫経営ケースの賃金総額はWi(We<Wi)である。
  当社は実質的に債務超過であり、株主が配当や残余財産の分配にあずかれる望みが小さいため、株主は企業経営に興味を示していない。したがって、企業の意思決定は社員の利害を重視して決められており、通常であればリストラよりも放漫経営が選択される。もっとも、「放漫経営を続けていると銀行によって企業が清算されてしまう」と考えられる場合には、リストラが選択される。
  銀行は、利益の最大化を目指して行動する。すなわち、経営者が保身のために株主の利益を犠牲にして追い貸しを行なうといったコーポレートガバナンス上の問題は存在しないとする。
  銀行の貸出金利をPとする。インターバンク金利とリスクフリーレートは等しいとし、これをrとする。特にことわりのない限りゼロ金利政策を前提としているため、rもゼロとなる。銀行は、資金制約には服していないため、rを支払えば、いくらでも市場から資金を調達することができる(10)
  銀行が限界的な借り手に対する新規貸出を行なうことによって得られる利鞘(Pからrと銀行の諸コストを差し引き、貸し倒れ損失の期待値を差し引いたもの)は原則としてゼロであるとする。これは、銀行が資金制約に服していない場合を想定しているため、利鞘が存在する限り銀行は市場から(あるいは日銀から)資金を調達して新規に貸出を行なうからである。したがって、銀行に新規資金が流入した場合、新規貸出を行なっても利鞘が稼げないので、市場で運用してrの収益を得ることになる。
  もっとも、銀行がBIS規制の制約に服している場合(本稿においてBIS規制の制約に服すとは、ルール上BIS規制が適用されるということにとどまらず、BIS比率が8%に接近していてBIS規制の存在が貸出増加の制約要因となっているという意味である)にはこの限りではない。BIS規制の制約によって限界的な借り手に対する融資は行なえないため、最後の一単位の貸出の利鞘はプラスとなる。したがって、銀行が自己資本の減少によりBIS規制の制約をより強く受けることになれば、貸出残高の削減によって収益が圧迫されることになる。この場合に削減される貸出の利鞘をP’とする。
  なお、本稿では銀行の審査能力は所与とし、したがって貸し倒れ損失の期待値も所与とする。また、銀行はリスクニュートラルである(収益の期待値を最大化すべく行動し、収益の安定性には興味を示さないため、不確実性に対するリスクプレミアムは要求しない)とする。
企業を清算する場合には、倒産コストが生じる。これをBとする。これには弁護士費用のほか、使える資産がスクラップにされてしまうことに伴う損失などが含まれる。
  銀行は決算に際し、不良債権を償却する(11) 。不良債権とは、借り手が決算書上で債務超過に陥るか、元利金の支払いが延滞している貸出債権とする。借り手が実質的に債務超過であっても、表面上の決算が債務超過でなければ、銀行は「借り手は将来業況が改善して返済できる」と判断して不良債権認定を行なわない裁量を有しているものとする。
   銀行の利益最大化を考える際に考慮されるのは、当該借り手に対して追い貸しを行なった場合と当該借り手を清算した場合でいずれが銀行の回収額が多くなるかということである。これは、借り手を清算した場合には清算に伴う銀行への配分額を基準に算定され、清算しない場合には将来の回収額の割引現在価値(12)とする。したがって、表面上の決算数字よりも実態が重視されることになる。
   加えて、銀行がBIS規制の制約に服している場合には、表面上の決算数字が銀行の貸出可能額に影響し、結果として実態上の銀行収益にも影響することになるので、その範囲内においては表面上の決算数字の改善も銀行の目的となり得るものとする(13)
   本稿において追い貸しとは、実質的な債務超過状態にある企業に対し、銀行が貸出(新規貸出を行なう場合のみならず、期限の到来した貸出を回収すると同時に返済資金を貸出する借換取引の場合も含む)を行なうことを指すものとする。
単に追い貸しと記す時には放漫経営を行なっている借り手に対する追い貸しを指すものとし、借り手がリストラを行なえば追い貸しが行なわれるという場合をリストラ型追い貸しと呼ぶことにする。

(2)元本追い貸しモデル
   A社は、バブル期に土地を仕入れてビルを建設しはじめたが、バブル崩壊により経営不振に陥った不動産会社であるとする。
   第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1。資産は当該土地と建設中のビルだけで、時価評価額はN(N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、銀行の回収額はゼロである(B≧N)。A社を清算しない場合には、銀行は1期末まで貸出残高を維持したままで様子見を行なう。A社は、第1期にリストラを行なうか放漫経営を続けるかを決定する。
  第1期に企業がリストラをした場合、企業の利益はRe(≧0)、第一期末の資産の時価評価額はN+Re。第1期に企業が放漫経営を選択した場合、企業の利益はRi(≦0)、第一期末の資産の時価評価額はN+Ri(0<N+Ri≦N+Re≦B≦1)となる。いずれの場合も銀行が第1期末にA社を清算すれば、倒産コストが資産価格を上回り、銀行の回収額はゼロとなる。銀行は、第一期末にA社を清算しない場合には、ビルを完成させるために1の追い貸しを行なわなければならない。
   追い貸しを行なった場合の第2期末の企業の資産の時価評価額は、リストラケースで1+N+2Re、放漫経営ケースで1+N+2Ri(1<1+N+2Ri≦1+N+2Re≦2)となる。第2期末には、銀行はA社を清算することなく、みずから貸出債権を売却するか、A社に営業譲渡をさせることにより、A社の資産の時価評価額と同額を回収することが出来る。
  この場合、銀行は企業の選択にかかわらず、A社の清算を避けて追い貸しを行なうことになる。借り手を清算すれば銀行の回収額はゼロであるが、1の追い貸しを行なえば1以上の回収が見込まれるためである。A社もそのことを容易に予測できるため、放漫経営を選択する。こうして「リストラも行なわない経営不振のA社が追い貸しを受けられる」という事態が各経済主体の合理的な選択の結果として実現することになる。
  以上、銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考察してきたが、BIS規制の制約に服している場合には、より一層追い貸しを行なうインセンティブは高くなる。A社を清算すれば貸出金が全額償却されるため、A社に対する貸出額の12.5倍だけ他の貸出を削減しなければならないからである。

では、モデルを拡張してr>0とした場合にはどうなるであろうか。借り手を清算した場合の返済額はゼロであるから、「rが大きいから借り手を清算して少しでも返済させて運用しよう」ということにはならない。したがって、金利上昇の直接的な影響だけを考えれば、追い貸しを抑制することにはならない。
  金利上昇が借り手の収益を圧迫すれば、1+N+2Ri<1≦1+N+2Re≦2となり、「借り手が放漫経営を続ければ清算されてしまう」という状況になるかもしれないが、こうした状況になれば借り手がリストラを行なうであろうから、結果としてはリストラ型追い貸しが続けられるであろう。
さらに金利が上昇して1+N+2Ri≦1+N+2Re<1となれば、借り手がリストラを行なっても清算されてしまうことになるが、よほどNが小さいか、よほど金利が高いか、いずれにしても相当例外的なケースで清算が選択されるに過ぎないであろう。
  当該モデルは、銀行が借り手に対してニューマネーを供給する(借り手に対して借換ではなく利払資金の供給でもなく、新規に資金を供給する(14))取引を取り扱ったという意味で、Berglof and Roland (1997)と同じ問題意識に立つものと言えよう。追い貸しを受けることで借り手が従事できるプロジェクトが、借り手にとって大きな意味を持つプロジェクトであって(15)、それが完成することで銀行が追い貸し額以上の返済を受けることが出来るという面でも、Berglof and Roland (1997)と同じ設定を行なっていると言えよう。
  Berglof and Roland (1997)との相違点は、Berglof and Roland (1997)が銀行に資金制約がある場合を取り扱っているのに対し、当該モデルが資金制約の存在を否定していることである。Berglof and Roland (1997)は、限られた資金が追い貸しに用いられると、その分だけ貸し渋りが行なわれかねないとしているが、当該モデルは「追い貸しが行なわれたことで貸し渋りが助長されることはない。むしろ、追い貸しにより銀行の不良債権償却額が減少すれば、BIS規制の制約が緩んで銀行の貸出は増加するため、貸し渋りを緩和する方向に働く」ことを示唆している。この違いをもたらしているものが、資金制約を考慮するか否かである。

(3)元本借り換えモデル
  B社は、バブル期に借金で土地を仕入れ、当該土地で駐車場を営んでいる。第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1。資産は当該土地だけで、時価評価額はN(0<N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、倒産コストは無視できるほど小さい(B≒0)ため、銀行の回収額はNである。
  銀行の融資は毎期末が期限となっているため、銀行は、B社を清算しない場合には、返済額(=1)と同額を追い貸ししなくてはならない。追い貸しを行なった場合で、B社がリストラを行なえば、第1期にB社の利益がRe(>0)生じ、第1期末の資産の時価評価額はN+Re(0<N+Re<1)となる。追い貸しを行なった場合で、B社が放漫経営を選択すれば、第1期の利益がゼロ(Ri=0)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となる。
  この場合、銀行はB社の選択にかかわらず追い貸しを実行する。第ゼロ期末にB社を清算して回収した金額Nを新規融資に回したとして、モデルの前提より第1期末に受け取れる金額の期待値はN(1+r)、すなわちNである。一方、第ゼロ期末に追い貸しを行い、第1期末にB社を清算したとして、銀行が第1期末に受け取れる金額はN+Pである。後者の方が、利率がrよりも高いPであるし、しかも利息の計算根拠がNよりも大きい1であるため、銀行にとっては好ましいのである。したがって、銀行が第ゼロ期末にB社を清算することはない。同様に第1期末にB社を清算するよりも第2期末に清算する方が望ましいので、第1期末にも銀行はB社を清算せず、追い貸しを行う。以下の期についても同様である。
  以上、銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考察してきたが、BIS規制の制約に服している場合には、より一層追い貸しを行なうインセンティブは高くなる。借り手を清算すれば貸出金が1−Nだけ償却されるため、償却される金額の12.5倍だけ他の貸出を削減しなければならないからである。

では、モデルを拡張してr>0とした場合にはどうなるであろうか。rが上昇すればPも上昇するであろうから、上記の数値を用いれば、清算した場合のN(1+r)よりも追い貸しを行なった場合のN+Pの方が大きいことには変わりない。したがって基本的には上記の構図は変化せず、金利上昇が追い貸しを抑制するという直接的な効果は無いであろう。
  金利上昇が借り手の収益を圧迫すれば、「借り手が放漫経営を続ければ利払後損益が赤字になり、支払える金利の額がN×rをも下回ってしまうため、銀行によって清算されかねない」という状況になるかもしれないが(16)、こうした状況になれば借り手がリストラを行なうであろうから、結果としてはリストラ型追い貸しが続けられるであろう。
  さらに金利が上昇すれば、「借り手がリストラを行なっても利払後損益が赤字になり、支払える金利の額がN×rをも下回ってしまうため、銀行によって清算されかねない」という状況になるかもしれないが、それでも借り手が清算されるとは限らない。銀行がBIS規制の制約に服している場合には、「追い貸しによって借り手を延命させないと、銀行が貸出金を償却させられ、自己資本が毀損されることでBIS規制の制約が厳しくなり、第三者への貸出を削減せざるを得ず、利鞘が減少する」という判断のもとに、追い貸しが行なわれる可能性があるからである。こうした可能性については、次の「金利追い貸しモデル」において検討する。
  当該モデルおよび次の金利追い貸しモデルは、銀行が資金制約に服していないと考えている点に加えて、銀行がニューマネーの貸出を行なわないという点で、Berglof and Roland (1997)と異なっている。90年代において邦銀が「非効率な企業を追い貸しにより延命させている」と批判されていたのは、ニューマネーを伴わない追い貸しが主であったものと思われるため、Berglof and Roland (1997)に比べて90年代の邦銀の追い貸しをより適切に説明するモデルであると思われる。また、一般論としても、ニューマネーを伴わない追い貸しは伴うものよりも、銀行実務上の抵抗感がはるかに小さい(17)と考えられ、実行されるケースも多いと思われることから、こうしたモデルの重要性は高いと考えられる。

(4)金利追い貸しモデル
  C社は、バブル期に借金で土地を仕入れ、当該土地で駐車場を営んでいる。第ゼロ期末現在、負債はすべて銀行借り入れで、残高は1である。資産は当該土地だけで、時価評価額はN(0<N<1)。当社をゼロ期末で清算すると、倒産コストは無視できるほど小さい(B≒0)ため、銀行の回収額はNである。このとき、銀行の被る損失は、元本の未回収分(1−N)である。
  銀行の融資は毎期末が期限となっているため、銀行は、C社を清算しない場合には、返済額(=1)を追い貸ししなくてはならない。追い貸しを行なった場合で、C社がリストラを行なえば、第1期にC社の利払後利益がゼロ(Re=0)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となる。追い貸しを行なった場合で、C社が放漫経営を選択すれば、第1期の利払前利益がゼロ(金利分だけ赤字。Ri=−P)となり、第1期末の資産の時価評価額はN(0<N<1)となるが、金利は未払いのまま残る。したがって、第1期にC社が放漫経営を選び、第1期末に銀行が追い貸しを選ぶ場合には、追い貸しの金額は1+Pとなる(貸出残高が増加することになる)。
  この場合でも、結論としては銀行は追い貸しを行なう。第ゼロ期末において、第1期にC社が放漫経営を選択することが決まっているとすれば、銀行が追い貸しを行なうか否かはケース・バイ・ケース(後述)である。しかし、「放漫経営を行なえば銀行は追い貸しをせずにC社を清算するであろう」と思われるようなケースにおいては、C社はリストラを行なうであろうし、その結果としてC社の利払い前利益がゼロとなれば、(銀行にとっては元本借り換えケースのB社が放漫経営を行なった場合と同様であるから)銀行はリストラ型追い貸しを行なうことになるからである。
  では、放漫経営でも追い貸しを行なうのは、どういう場合であろうか。はじめに、銀行がBIS規制の制約に服さない場合について考えてみよう。
  銀行は、借り手を清算した場合には、モデルの前提に従い、回収した資金はリスクフリーレート(つまりゼロ金利)で運用する。この場合、第ゼロ期末にC社を清算してNを受け取った銀行は、これを運用しても第1期末にNしか受け取れない。一方、第ゼロ期末に1を追い貸しし、第1期にC社が放漫経営を選択し、第1期末に銀行がC社を清算した場合には、銀行は第ゼロ期末に元本1を受け取り、第1期末にNを受け取る。銀行としては、第0期末については1を支払って直ちに受け取っているため、差し引きすれば第1期末にNを受け取っただけということになる。したがって、銀行の利益は追い貸しを行なってもC社を清算しても同じだということになる。
  銀行が第1期末にC社を清算せずに1+Pを追い貸しし、第2期末にC社を清算する場合についても同様に、追い貸しを行なっても行なわなくても銀行の収益上は同じだということになる。追い貸しを行なった場合、第1期末に受け取る元利金が1+P、第2期末に受け取る回収額がNであり、そのうち第1期末に受け取る1+Pは追い貸しとして交付する金額がそのまま銀行に戻ってくるものであるから、差し引きして結局のところ銀行が受け取る金額はNとなり、これは第1期末にC社を清算して受け取ったNをリスクフリーレートで運用した結果と同じだからである。
  次に、銀行がBIS規制に服している場合(資金制約には服していない場合)について考えてみよう。結論を先に記せば、この場合には銀行は放漫経営を選択したC社に対しても追い貸しを行なうインセンティブを持つ。
  第ゼロ期末にC社を清算した場合には、受け取ったNを運用しても第一期末に受け取れるのはNである。一方で、第ゼロ期に1−Nの損を計上することにより、その分だけ自己資本が減少し、減少幅の12.5倍だけ第三者に対する貸出を削減せざるを得なくなる(18)
  これに伴う利益の減少幅は、(1−N)×12.5×P’である。したがって、差し引きした純受取額はN−(1−N)×12.5×P’である。これは、第ゼロ期末に追い貸しを行なって第1期末にC社を清算した場合の受取額であるNよりも少ない。したがって、銀行は追い貸しを行なうことになる。

(5)逆転現象モデル
  金利追い貸しモデルを拡張し、r>ゼロの場合について考えてみよう。はじめに銀行がBIS規制の制約に服していない場合について考えると、銀行は利払いの出来ない借り手に対して追い貸しを行なうインセンティブを持たないため、rがゼロでない限り、借り手を清算してNを回収し、それを運用しようとするであろう。もっとも、それを知っている借り手はリストラに励んで利払いを行なうであろうから、結果としては借り手は清算されず、リストラ型の追い貸しが行われることになろう。金利上昇により借り手の収益が悪化して、リストラ後でもN×r以下の金利しか払えない状況になれば、リストラ型追い貸しも行なわれず、借り手は清算されることになろう。
  では、r>ゼロで、銀行がBIS規制の制約に服するというケースについてはどうであろうか。
  第ゼロ期末にC社を清算した場合の第1期末の受け取りは、N(1+r)であり、自己資本減少の影響は(1−N)×12.5×P’である。したがって、追い貸しが行なわれるためには、N(1+r)−(1−N)×12.5×P’≦Nが成り立つ必要がある。これを整理すると、N≦12.5P’/(12.5P’+r)となる。これは、C社を清算すれば貸出金が比較的多く回収できるという場合に清算が、C社を清算しても回収額が少ない場合には追い貸しが選択されるという「逆転現象」が生じ得ることを意味している(19)

これは、小林・才田・関根 (2002)の指摘した「非線形な関係」が、小林・才田・関根 (2002)のモデルとは異なった設定のモデルにおいて、説明できるということである。
  もっとも、90年代の状況に鑑みれば追い貸しが逆転現象をもたらしたとは考えにくい。90年代には、金融は緩和されていてrが低位で推移していた一方、銀行経営者はBIS規制を常に強く意識していたであろうから、彼らの意思決定に際してはP’が実際よりも大きく評価されていた可能性が高い。したがって、上記数式において潜在的な清算対象となった借り手は、債務超過が相当軽微で、銀行がレピュテーションリスクなどを考えて清算を思いとどまるような先が多かったと思われる。一方、大幅な債務超過に陥っている借り手に関しては、上記式からすると銀行は追い貸しのインセンティブを持つことになるが、粉飾を疑われる惧れや当局の検査で指摘される惧れなどから、実際には追い貸しを行ないにくい事情があったと思われる。
  では、景気が回復してrが上昇してきた場合には、どうなるであろうか。結論から記せば、この場合にも逆転現象が生じるケースは稀であろう。景気が回復すると、一般論として借り手の収益が改善し、返済能力が高まる。これは、C社群の中でNが1を大きく下回る先が減少するということである。銀行からすれば不良債権の回収が進んで自己資本が充実し、BIS規制の制約が緩くなる(20)ということであり、これによりP’が縮小する。一方でrが上昇するから、Nが相当小さい場合にのみ追い貸しが行なわれるということになる。したがって、追い貸し対象のNの範囲が減り、その範囲に存在するC社群の数も減るため、追い貸し対象社数は急減することになる。
  さらに、銀行としてはNが小さい先については粉飾決算を疑われる惧れもあり当局検査で指摘される惧れもあるために清算したいというインセンティブ(本稿のモデルには織り込まれていないが)があり、自己資本の回復はそれを可能とする一因となる。したがって、Nが極端に小さい借り手はモデルにかかわらず清算されることになる。結果としてみると、景気が回復してrが上昇するような局面では、放漫経営を続けるC社群に対する追い貸しは行なわれず、したがって「逆転現象」も発生しない(リストラする企業はリストラ型追い貸しを受けられ、放漫経営を続ける企業は清算されるというノーマルな二分化は行なわれる)ということになるのである。
  金利の上昇で利払い負担が増加して決算が悪化する借り手もあるであろうが、多くの借り手は景気回復に伴い売上増加によって利益が増加するであろう。したがって、「リストラに励んだが、利払い負担が増加したために利払後損益がマイナスになり、結局清算された」という企業はそれほど多くないであろうし、そうした企業は非効率な企業であるから、好況時には清算された方が資源配分という意味では望ましいと言えるのかもしれない。

第4節 考察up

(1)銀行のブラフ戦略
  上記のA社とB社の例においては(そしてC社の例でもケースによっては)、銀行が合理的に行動すると、借り手が放漫経営を行なっても追い貸しを行なうことになり、これを知っている借り手はリストラよりも放漫経営を選択することになっている。これは銀行にとって望ましいことではない。そこで、銀行としては「リストラしないと借り手を清算する」というブラフ(脅し)をかける選択肢が考えられる。
  ブラフが有効に作用して借り手がリストラを行なうためには、借り手が銀行のブラフを信じる必要がある。銀行にとって追い貸しをした場合と清算をした場合の回収額の差が小さければ、ローリスクなので賭けに出る可能性が高く、銀行にとって借り手がリストラをした場合と放漫経営をした場合の回収額の差が大きければ、ハイリターンなので賭けに出る可能性が高いと考えられる。このような場合には、ブラフが効きやすい。
  似たような借り手が複数ある場合には、実際に何社かを「見せしめ」に清算してみることも選択肢であろう。これにより何がしかの損はするものの、他の借り手がブラフを信じるようになってリストラに励めば、総合的な回収額はむしろ増加する可能性も充分あるからである。
  もっとも、こうしたブラフ戦略は、銀行間の競争が激しい時には有効に作用しにくい。借り手がメインバンクを選ぶ際に、「借り手が困難に陥ったときに支えてくれるという期待」が考慮されているとすれば、ブラフ戦略を採り続ける銀行、あるいは見せしめのために清算を行なうような銀行は、メインバンクとして選ばれなくなり、長期的に顧客ベースを失っていくからである。90年代にブラフ戦略を伴わない追い貸しが多く、結果として借り手のリストラが進まなかった背景には、こうした銀行間の競争があるのかもしれない。
  そうだとすると、竹中大臣の強硬路線は、大変危険な賭けに見えたが、結果としては借り手にリストラを促した成功例であったと言えるだろう。これが成功したのは、すべての銀行に同時に「ブラフ戦略」を採ることを強要する結果となり、「銀行が相互に牽制しあってブラフ戦略を躊躇する」という従来の構造が変化したからである。ある意味では、追い貸しの対価としてリストラを要求するという「官製のカルテル」の役割を果たしたということかもしれない(21)

(2)追い貸しと銀行決算
  本稿のモデルの前提によれば、銀行は表面上の決算はともかくとして実態的な損失を最小化すべく意思決定を行なっているわけであるから、「追い貸しによって損を先送りしたことで傷が深くなった」という批判はまったく当たらないはずである(22)。しかし、本稿のモデルのようなケースについて、表面上の銀行決算を用いて実証分析を行なおうとすると、ともするとミスリーディングな結論を導いてしまう場合があり得るので、充分な注意が必要であろう。
  注意が必要な点の第一は、追い貸しを行なうことで銀行決算に損失が計上されるタイミングが先送りされる場合である。上記いずれのモデルにおいても、借り手の資産の時価評価額が借り入れ残高を下回るのは第ゼロ期末であるから、銀行の決算としては、本来は第ゼロ期末に貸出金を償却して損を計上すべきであろう。しかし、実際には借り手の決算書が債務超過を示しておらず、利払いも遅滞なく行なわれている場合には、不良債権の認定を行なわずに償却も引当金の計上も行なわない場合も多いかもしれない(23)。その場合には第1期以降に銀行決算上の損失が計上されることになるのである。
  これは、「銀行決算は実態をあらわすべきで、実態にそぐわない決算は問題である」という高度な問題を提起する(後述)が、実証分析においてもミスリーディングな結論を導きかねない。
  たとえば、A社への元本追い貸しケースにおいて、A社を清算した銀行は第ゼロ期に損を計上し、追い貸しを行なった銀行は第2期に損を計上することになるため、第2期の決算のみを用いて銀行を比べれば、追い貸しを行なった銀行の方が清算した銀行よりも利益が少ないことになる。しかし、これをもって「追い貸しを行なったから損失が発生した」あるいは「追い貸しを行なっている銀行ほど損が多い」といった結論を導くとすれば、それはミスリーディングであろう。
  A社のケースでは、本稿のモデルによれば、清算した銀行が第ゼロ期に計上する損に比べて、追い貸しを行なった銀行が第2期に計上する損の方が小さいはずである。B社のケースでは、最終的に借り手が清算された期に追い貸しを行なった銀行が計上する損の額は、清算した銀行が第ゼロ期に計上した損と同額であるが、その間に金利収入を得ていたことを考えると、各期の収益の合計額はやはり追い貸しを行なっていた銀行の方が多いはずである。
  さらに注意が必要なのはC社のケースである。C社を第ゼロ期末に清算した銀行は、第ゼロ期末に1−Nの損失を計上する。追い貸しを行なった銀行は、第2期末に1+P−Nの損失を計上し、しかも第2期の金利を取りはぐれる。これだけを見ると、追い貸しを行なった銀行の方が損が大きいように見える。しかし、清算した銀行は第1期に利息収入を得ていない一方で、追い貸しを行なった銀行は利息収入Pを得ている。第2期の利息にしても、清算した銀行はそもそも金利が発生しなかったわけで、追い貸しした銀行が取りはぐれたとしても、清算した銀行よりも悪い結果というわけではないのである(24)
  注意が必要な点の第二は、追い貸しを受けた借り手との関係だけを見ていてはいけないということである。銀行がBIS規制の制約に服している場合には、借り手を清算することで銀行の自己資本が毀損され、別の企業への融資を回収せざるを得なくなり、利鞘収入が減少することになるが、追い貸しを行なえば利鞘収入の減少を免れることが出来る場合がある。実証分析を行うに際しては、その部分をどのように把握するのかが技術的にも難しい問題となろうが、何よりもそうした部分が存在し得ることを認識して工夫することが重要であろう。

(3)追い貸しの促進と抑制
  銀行が追い貸しを行なう大きなインセンティブとして、倒産コストの回避がある。A社の例では、建設途中のビルを持っている会社が清算されると借金が全く返済できないという設定となっており、倒産コストを明確に意識したモデルになっているが、このような極端な場合ではなくとも、借り手を延命させることで倒産コストを軽減できる場合も少なくないであろう。
  たとえばA社が減価償却対象資産を持っていたとしよう。これを清算すれば資産がスクラップ用に叩き売られてしまうであろうが、追い貸しによって営業を続けさせれば、収益はゼロでも減価償却の形でプラスのキャッシュフローが生まれ、これが返済に充当されることも考えられる。また、バランスシートには計上されていなくても、ノウハウや顧客リストなどは企業にとって重要な財産であり、これらが借り手の清算に伴って消失してしまうことも銀行にとっては損失であろう。たとえばB社が少ない資産で大きな借金の利子を払っても利払後で赤字に陥らないのは、こうしたノウハウや顧客リストのおかげかもしれないのである。
  銀行にとっては、借り手を清算した場合の評判低下のコストも重要であろう。借り手がメインバンクを選択する際の要素の一つとして、借り手が困難に陥ったときに救いの手をさしのべてくれるという期待があるとすれば、銀行にとって「借り手をすぐ清算する」という評判は将来の顧客ベースを著しく傷つけることになりかねないからである。
  借り手の収益が振れた場合の銀行と借り手の分配方法も、銀行が追い貸しを行なうインセンティブとなり得るであろう。債務超過の借り手の損益は、そのまま銀行への返済額に反映されるが、資産と負債が均衡している借り手の損益は、「儲けは借り手の株主のもの、損は銀行の負担」である(25)ため、銀行にとっては債務超過の借り手から回収した資金を健全な借り手への貸出に振り向けようというインセンティブが損なわれるのである。
  BIS規制も、上記モデルに組み込まれているように、追い貸しを促進する要因である。90年代の銀行経営者は常にBIS規制を意識させられていたため、モデルのP’よりも強くBIS規制の制約を緩和しようというインセンティブが働いていたことは想像に難くない。
  一方で、追い貸しを抑制するモデル外の要因もある。その最大のものは景気の回復である。景気が回復すると、日銀の金融政策が緩和から中立、引締へと変化するため、リスクフリーレートが上昇する。これは、C社を清算して資金を回収し、他で運用しようという銀行のインセンティブを高めるであろう。また、景気回復は、不良債権問題の緩和を通じて銀行の決算を改善し、銀行に対するBIS規制の制約を緩和する効果を持つであろう。
  会計基準の厳格化、当局検査の厳格化など、銀行の裁量を制限して銀行決算を実態に合致させようというプレッシャーも、C社への追い貸しを抑制する要因となろう。こうしたプレッシャーを受けている銀行にとっては、決算の改善が追い貸しを取り止める契機となる場合もあるであろう。

(4)追い貸し批判について
  本稿のモデルは、追い貸しが銀行にとって合理的な行動であり得ることを示唆している。小林・才田・関根 (2002)も、追い貸しが銀行にとって合理的な行動であり得ることを認めている。しかし、追い貸しに対しては様々な批判がなされており、小林・才田・関根(2002)も批判的である。追い貸しは本当に批判されるべきものなのであろうか。
  コーポレートガバナンスの欠如した銀行が批判に値するような追い貸しを行なっている例があり得ることは、本稿も否定しないが、だから追い貸しはすべて悪であるとも言えないであろう。本稿がモデルで示したような追い貸しであれば、さしたる批判を受ける必要もないであろうし、むしろ積極的に評価されるべきケースも多いと思われる。
  追い貸しに対する批判の第一は、本来清算されるべき非効率な企業が追い貸しによって生き残るのは、資源配分の非効率を招くというものであろう。結論を先に述べれば、そういった可能性は皆無とは言わないが、実害は相当限定的なものにとどまるであろうし、むしろ資源配分の効率化に資する場合も多いと思われる。
  まず、上記のA社やB社は、国民経済的にみて優先的に生かしておくべきである。A社への追い貸しは、建築中のビルを解体するという無駄を避けるという望ましいものであるし、B社も「資産が小さいにもかかわらず、資産総額よりも大きな負債に対して利払いを行なっても赤字にならない」という生産性の高い企業なのである(26)。「銀行が追い貸しを行なうことで借り手が怠慢を選択する」ということは望ましいことではないが、怠慢を選択してもなお高い生産性が確保されている以上、「借り手が怠慢ではなくリストラを選べば更によい」ということは言えても、「怠慢を選ぶなら清算してしまえ」と言うことにはならないのである。
  C社については、たしかに非効率であるが、不況期で人的資源も資金も有効に活用されていない状況であれば、C社が延命していることによって資源配分が歪んでいることの弊害は小さいであろう。むしろ失業対策費が節約できるといった外部経済をもたらしていると言えるかもしれない。ここで重要なことは、上記のように、景気が回復して人的資源や資金が希少であると意識され始める頃には、C社が清算されてC社に投入されていた人的資源と資金が効率的な企業にシフトされていくというメカニズムが働くと期待できることである。こうしたメカニズムが保障されている限り、不況期の追い貸しを問題視する必要性は高くないと言えるのではなかろうか。むしろ、不況期の銀行の貸し渋りを緩和するという積極的な意義さえも、場合によっては認められるかもしれない。
  追い貸しに対する批判の第二は、軽微な問題を抱えた借り手が清算される一方で、深刻な問題を抱えた借り手が追い貸しにより延命されるという「逆転現象」が資金配分などを歪めているという指摘である(27)。しかし、担保価値が減少すれば、追い貸しを行なった場合の銀行の回収額も減少するという関係を考慮した本稿のモデルにおいては、担保価値(あるいは借り手企業の資産価値)が減少するほど追い貸しを受けやすくなるという「逆転現象」のメカニズムは原則として働かない。
  A社が追い貸しを受けられる主因は、未完成のビルの価値が低いことではなく、ビルを完成するというプロジェクトが生み出す価値が大きいことであり、一方で未完成ビルを抱えた企業を清算することにより失われる価値が大きい(すなわち清算コストが高い)ことである。B社が追い貸しを受けられる主因は、B社が債務超過であることではなく、利払いを行なえるだけの収益を上げていることである。C社に関しても、モデルの前提である「リストラすれば利払い後損益がゼロになる」という条件が満たされれば、借り手の清算価値にかかわらずリストラ型追い貸しが行なわれることになる。
  もちろん、逆転現象が起きないとは言い切れない。モデルの前提を「リストラしても利払い後損益が赤字である」と変更した場合で、rとP’がともにプラスであれば、場合によっては逆転現象が生じ得るからである。しかし、その場合でも資金配分の歪みは目くじらを立てるほどのものではなさそうである。借り手の資産価値が小さいということは、借り手を清算しても少額しか回収できず、生産性の高い借り手に回せる金額は小さいということである。銀行のバランスシートを見ると非効率な借り手に対する貸出残高が巨額に計上されているため、いかにも資源配分が歪められているように見えるが、これは銀行のバランスシートが実態から乖離していることに起因するもので、実際の歪みはそれほど大きくないのである。 (28) (29)
  追い貸しに対する批判の第三は、追い貸しにより銀行の決算が実態を反映しなくなるというものであろう。C社への追い貸しは、銀行が決算を実態から乖離させてBIS規制の制約を緩和させるために行なうものであり、まさにこうした批判の矢面に立つものである。(30)
  この点については、銀行の裁量が狭められた今となっては議論の価値がないという考え方もあるが、一方で非常に高い次元での議論が必要だとも言える。銀行決算を実態に合わせるというミクロの正義を90年代に真剣に追求していれば、銀行の自己資本が大きく毀損され、BIS規制の制約から大規模な貸し渋りを招き、これが景気の悪化を通じて更なる不良債権を発生させるというマクロの崩壊を招いていたかもしれない。こうした可能性を考えると、(粉飾決算にならない範囲内で)追い貸しを利用した「裁量」を行なっていた銀行があったとしても、あるいは当局による不良債権の定義がそれを可能にするようなものであったとしても、直ちにそれを断罪すべきか否かは難しい判断であろう。

第5節 小括up
 

本稿は、経営者の保身のための追い貸しや、情実融資といったコーポレートガバナンスの緩みが存在した可能性を否定するものではないし、そうした場合には国民経済的に望ましくない資源配分の歪みが生じる可能性も少なくないと考える。しかし、追い貸しというものを一括りにして否定的に論じる立場には組しない。
  追い貸しに関する代表的な先行研究であるBerglof and Roland (1997)も小林・才田・関根 (2002)も、銀行が借り手を清算せずに追い貸しを行なうと回収額が追い貸し額以上に増加するという場合に追い貸しが行なわれる、という基本的な理解に立ちながらも、これを追い貸しとして否定的に捉えている。こうした追い貸しが合理的なものであって国民経済的にも意味があるという可能性を検討していない点で、これらの研究は不十分である。
  本稿のモデルは、銀行が合理的に行動したとしても、「実質債務超過でありながらリストラを怠っている借り手に対して追い貸しを行なう」ことがあり得ることを示している。
  具体的には、たとえば実質債務超過の借り手に対し、建設中のビルを完成させるために元本を追い貸しすることは、銀行にとって合理的な行動である。また、実質債務超過の借り手に対し、元本の借り換えに応じることは、借り手が利払いを行なえているのであれば、合理的である。こうした追い貸しは、国民経済的にも有意義である。
  銀行がBIS規制の制約に服している場合には、利払いさえも出来ない借り手に対して金利を追い貸しすることが合理的であるケースが存在する。追い貸しによって借り手を清算せずに済めば、銀行の自己資本が毀損せず、BIS規制によって貸出を削減させられることが回避できるからである。こうした追い貸しは、問題がないとは言えないが、悪影響がは比較的小さいと思われ、一方で貸し渋りを緩和する効果も期待できる場合がある。

参考文献up
小林慶一郎・才田友美・関根敏隆 (2002):「いわゆる「追い貸し」について」、日本銀行調査統計局Working Paper 02-2
櫻川昌哉(2002):『金融危機の経済分析』、東京大学出版会
Berglof, E., and G. Roland (1997): “Soft Budget Constraints and Credit Crunches in Financial Transition,” European Economic Review, 41, 807-817
 
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