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景気の見方読み方
Mar.06

2006.3.9

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「父の他界に思う」

はじめに> <父の生きた時代> <介護の負担
諸手続き><サラリーマン親子


はじめに
  私事ですが、先月父が他界しましたので、今回は父の他界に際して考えたことを書かせていただきます。とりとめのない文章ですが、お許しください。
父の生きた時代up
  父は大正時代の生まれですから、終戦に伴う価値観の大転換を身をもって経験しているはずです。愛国教育を受けた父が戦後の価値観を如何に受容したのか、今となっては知るすべもありませんが、終身雇用が緩んだだけで驚いているような筆者の世代には想像もできないほどの衝撃だったことは間違いありません。勝手な想像をすれば、それを乗り越えてきた世代には、今の世の中を「激動の時代」などと呼ぶことが滑稽に思えているのかも知れません。
高度成長期には、文字通り企業戦士として重厚長大型産業で身を粉にして働いていたそうです。ゴルフとマージャンと酒は嗜んでいましたが、仕事上の必要からという面もあったのでしょう。当時は仕事とプライベートが峻別されておらず、全人格的に会社に属していて、その中で苦しい事も楽しい事もあるということでしたから、どこまでが「仕事上必要だから」なのか考えても見なかったということなのかもしれません。少なくとも言える事は、それ以外の趣味は皆無でした。
そんな父でしたから、「頑張る」ということが人生で一番重要なことだと信じていたようです。人を見ると「頑張っているか」と聞き、「頑張っている」と答えると嬉しそうな顔をするというのが父との基本的なコミュニケーションでした。
父の時代までの人の多くは、頑張ることが重要だと考えていて、「自分も頑張ったし、子供も頑張らねばならない」という考えに疑問を持たなかったのでしょう。そうしないと食べていけなかった時代だったことも影響しているのでしょう。それが筆者の時代には「頑張ることは大切だけれども、自分はここまでしか頑張れない」と考えて自分と妥協していた人が多かったように思います。それほど頑張らなくても食べていける時代だったからでしょう。それが子供たちの時代になると、「頑張るなんてカッコ悪い」という考え方が広まってきたようです。
筆者は「巨人の星」を見て育った時代です。「星も花形も頑張っていてカッコいい。自分は真似できないけど」と思っていた人が多いでしょう。父の世代はそんな筆者世代を見て「どうして頑張らないのだ」と不満を持っていたでしょうし、子供たちは「巨人の星なんて、どうして流行っていたのだろう」という疑問を持つのでしょう。オリンピック選手を見ても、彼らが猛練習の末に勝ち抜いてきたということを考えずに「才能のある人は羨ましい」とだけ考えている若者が多いようです。マスコミがオリンピック選手を紹介するときには必ず練習風景を見せることにすれば、少しは若者も努力の大事さを認識するのでしょうが、それでは視聴率が下がってしまうでしょうから、それも期待薄ですね。
介護の負担

 

父の時代は、核家族化していった時代ですから、子供が親の近くにいて介護をすることが難しいケースも多いでしょう。また、「嫁は嫁ぎ先の親の面倒を見るのが当然だ」という時代でもありませんし、一方でサラリーマンが会社を休んで親の介護をすることも難しいでしょう。我が家は幸いに母が元気でしたから、母を中心に家族で父の面倒を見ることができましたが、将来母が要介護になった時の事を考えると心配が尽きません。
少子高齢化というと、財政赤字の問題をはじめ、労働力不足とISバランス悪化にともなう経常収支の赤字化、農村の過疎化と国土の保全等々、マクロの問題が数多く思い浮かびますが、ミクロレベルでの介護負担も深刻な問題でしょう。父の世代には、子供の数がそこそこ居ましたから、最後は何とかなる場合も多いでしょうが、筆者の世代以降は少子化が進んでいますから、場合によっては「夫婦二人で四人の親を介護する」というケースも出てくるでしょう。
介護は肉体的、金銭的に大変なだけではなく、精神的にも大変な仕事です。何よりも、育児と違って楽しくありません。家族の団欒があるわけでもなく、子供の成長が見れるわけでもなく、状態が悪化していくのを見守るしかありません。親が痛がったり苦しがったりしても、何もしてやることは出来ません(筆者にとって幸いだったのは、父があまり痛がったり苦しがったりしなかったことです)。
医療技術が進歩したおかげで親が長生きしてくれるのは嬉しいのですが、何の楽しみも無く意思表示も満足にできない父を見ていると「父にとって、今日一日生きていたことが幸せだったのだろうか」などと考えて沈み込んでしまうことも少なからずありました。
夫婦二人が4回も介護をするということになれば、その負担は相当に重いものとなるでしょう。家族の絆が緩んでいけば、それほど熱心に介護をしない子供が増えるのかもしれませんが、それはそれで親が困るということで、いずれにしても介護の問題は今後の日本の大きな関心事項となっていくように思います。

諸手続きup
 

父が亡くなってからの諸手続きも、ようやく着手したという段階ですが、相当に面倒な模様です。私が近くに居たからよかったものの、私がいなければ年老いた母が全部やらされるのかと考えただけで、気が遠くなるほどです。そして実際、少子高齢化と核家族化が進行すれば、一人で残されたお年寄りが諸手続きが出来なくて途方に暮れるといった例が増えていくように思います。こうした書手続きは個人情報そのものですから、安易に業者に依頼することにも抵抗があるでしょうし、まっとうな業者は引き受けてくれない場合も多いでしょう。なんとか公的な支援制度(たとえばヘルパーが故人宛の郵便物などを見て銀行取引や年金関係などの必要な手続きを判断し、残されたお年寄りにアドバイスを行なうか、場合によっては手続きを代行する)が検討できないかというのが実感です。

サラリーマン親子up
 

親が一般的なサラリーマンだとすると、一番忙しい時代に育児をし、子供との時間が充分とれないままに定年を迎えることになります。ようやく子供との時間をとれるようになった頃には子供が就職して結婚して自分の育児に追われるようになります。子供が定年を迎えて親孝行をしたいと思った頃には親が亡くなっているというのが標準的なパターンでしょう。父と筆者も、お互いに時間を共有したいと思いながらも、実際に時間を共有したのは父が要介護状態になってからでした。
思えば人生80年時代で、サラリーマンが本当に忙しい期間は30年程度なのですが、たまたま子供との年齢差が30年程度あることによって、子供と親が共通の時間を持てる期間が限られるという皮肉な事態となっているわけです。定年を延長して50年間働くことにして、その分一日あたりの労働時間を短縮する(ワーク・シェアリング)といったことが出来るならば、こうした事態は大幅に改善するのでしょうが、会社側の事情を考えると容易には実現しそうにありません。
その点、サラリーマンを辞めて大学に移ってみると、大学の教員は時間が比較的自由になる一方で定年が遅い(生涯の労働時間はサラリーマンと似たようなものか)という恵まれた環境にあります。筆者は、父との会話の時間は充分に取れませんでしたが、最後には介護に充分な時間が取れましたし、母は健在です。また、育児期間には充分な時間が取れませんでしたが、子供が巣立つまでには未だ時間が残されています。せいぜい転職で得られた環境を活用したいと考えている次第です。

 

今回は以上です。なお、香典、供花などは辞退しておりますので、悪しからず。
 
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