ここでは日本人投資家(円保有者)による米ドル為替投機にともなうドル高バブルについて考察する。1ドルのファンダメンタル価格をFとし、日本と米国の実質金利、インフレ率をいずれもゼロとする
。ファンダメンタルの価格は将来にわたってあらかじめ確定しているため、これを購入する投資家はリスクプレミアムを要求しないものとすると、将来のFの割引現在価値が現在のFと等しくなるためには、ファンダメンタル価格は将来においてもFのまま不変となる必要がある。
つぎに、Bについては、Bt+1の期待値の割引現在価値がBtと等しくなるためには
E(Bt+1)=(1+β)Bt
でなければならない。ここで、バブルが次期に崩壊する(Bt+1がゼロになる)確率がπであることから、バブルが崩壊しない確率は(1−π)であり、E(Bt+1)=(1−π)Bt+1となる。したがって、バブルが崩壊しなかった場合のBt+1として市場が予測している値は
Bt+1/Bt=(1+β)/(1−π)
を満たしているはずである。この関係は、tにかかわらずπが一定であるとすると、いかなるtについても成立する。
さて、円で表示したドルの価格を$とし、「ドルが買われすぎ」のバブルが生じているとすれば、$=F+Bとなっているはずである。したがって、第0期のバブルとファンダメンタルの価格をそれぞれB0、F0とすると、以上で示した仮定のもとでの第n期の$は
$n=F0+B0・(1+β)n/(1−π)n
となる。これは、通常のバブルであって、少なくとも理論上は永続する可能性があるため、「合理的バブル」であるように思われる。
ここで留意を要するのは、ドル高は同時に円安でもあるということである。日本人(円保有者)から見たドルの価格がファンダメンタルを映じた価格から上方に乖離していくということは、米国人(ドル保有者)からみた(ドル建てで表示した)円の価格がファンダメンタルを映じた価格から下方に乖離していく(いわゆる売られすぎ)ということである。円とドルの取引は米国人(ドル保有者)も行っているので、バブルが永続可能であるというためには、米国人投資家の目から見ても少なくとも理論上はバブルが永続可能なものでなくてはならない。そこで、米国人(ドル保有者)の目から見て「売られすぎ」のバブルが永続する可能性があるのか否かを検討することが必要である。
米国人(ドル保有者)から見た(ドル建てで表示した)円の価格については、日本人(円保有者)から見た(円建てで表示した)ドルの価格の逆数になる。したがって、ファンダメンタルを映じたレートは将来にわたって1円=1/Fドルで推移することになる(ファンダメンタル価格は将来にわたってあらかじめ確定しているため、米国人投資家も、ファンダメンタル部分の売買に関しては、リスクプレミアムを要求しない)。
さて、ドル建てで表示した円の価格を¥と表示すれば、
¥=1/$
=1/(F+B)
となる。FとBの個別取引は円建て取引でのみ可能であるため、バブル部分(B\と表示する)はファンダメンタル価格(1/F)と実際の取引価格(¥)の差額で表すことができる。したがって、
B\=1/F−1/(F+B)
となる。このとき、米国人(ドル保有者)とってのバブルの成長速度は、バブルが崩壊しない場合、
B\t+1/B\t= {1/F−1/(F+Bt+1)} ÷ {1/F−1/(F+Bt)}
となる。これに、上記の
Bt+1/Bt=(1+β)/(1−π)
を代入して整理すると
(1+β)(F+Bt)
B\t+1/B\t=――――――――――――――
(1−π)F+(1+β)Bt
となる。
このことは、米国人(ドル保有者)にとっては「バブルの規模が非常に小さい間は(Bt≒0ならば)、バブルは毎期(1+β)/(1−π)倍の成長速度(厳密にはこれを若干下回る速度)で拡大していく。バブルの規模が非常に大きくなると、上式のFが無視できるほどになるためバブルの成長率はゼロ(B\t+1/B\t=1)に近づいていく」ということを意味している。
バブルが次期も続いている確率はtにかかわらず(1−π)と仮定している。そのため、Btがゼロに近い初期の段階でバブルに投資した場合の期待値は、投資額の(1+β)倍よりもわずかに小さな値となるが、遠い将来までバブルが持続した場合にその段階でバブルに投資した場合の期待値は、Btが莫大なものとなるため投資額の(1−π)倍よりもわずかに大きな値にとどまるということになる。
こうした中で、米国人投資家(ドル保有者)の投機行動は、彼らのリスクに対する許容度によって異なることになる。(@)はじめに、米国人投資家がリスク中立的である(リスクの大小にかかわらず、収益の期待値のみに基づいて行動する)場合について考察する。リスク中立的な場合、米国人投資家はバブルの初期においてはバブルを購入する。しかし、次第にバブルの成長率が低下してくると、バブルの「空売り」に転換する。次期のバブルの価格の期待値が今期の価格を下回るに至った段階では、バブルの「空売り」が合理的行動となるからである。(本稿のモデルにおいては、ドル保有者である米国人はバブルそのものを空売りすることを想定していないが、米国人は手持ちのドルを円に換えることにより、バブルそのものを空売りしたのと同様のポジションを持つことが出来る。すなわち、ドルを円に換えた後にバブルが崩壊した場合には、再び円をドルに換えることによって利益が得られると期待できるからである)。
したがって、日本人(円保有者)が買い上げていくドル高バブルは、将来のある時点では米国人投資家の「空売り」によって押しつぶされることになる。このことと、前記の「バブルが成立するためには、バブルが永続する可能性が皆無ではないと市場が認識している必要がある」ということを考えあわせると、合理的バブルははじめから成立しないということになる。
(A)米国人投資家がリスク回避的である場合にも、彼等が少しでもリスクを許容できるのならば、基本的にはリスク中立的である場合と同様の結果がもたらされる。当初バブルを購入するか否かはリスク回避度の強弱によるが、結局最終的にはバブルを「空売り」することになるからである。これは、次第にバブルの成長速度が漸近的にゼロに近づいていくため、バブルの「空売り」によってリスクが極めて低い状態でバブル崩壊を待つことが可能となるからである。
しかし、米国人投資家が完全なリスク回避主体であって、如何なるリスクも絶対にとらないという場合には、彼らがバブルを「空売り」することはない。バブルの拡大スピードはゼロに近づくだけでゼロにはならないからである。
このことから、「米国人(ドル保有者)がリスク回避の観点からドルの『空売り』を決して行わない場合、日本人(円保有者)がドルを買い上げていくドル高バブルは合理的バブルとして成立し得る」という結論が導かれる。このことは、円の価格がファンダメンタルを映じた価格よりも下方に乖離していくバブルが特定の条件下で成立し得るということを示唆しているわけである。 |