(エコノミストのバイアス)
エコノミストは、立場によって発言にバイアスがかかっている場合があります。上記のポジショントークの場合は問題外ですが、意図せずにバイアスがかかっている場合も少なくありません。たとえば大組織の出すレポートは「常識的ではあるが、面白みに欠ける」傾向がある一方で、一匹狼のエコノミストが出すレポートは「興味深い分析や指摘が多い一方で、稚拙な分析やトンデモ物であるかもしれない」というリスクがあります。景気が回復しはじめた(または後退しはじめた)ことを指摘する時期についても違いがあります。大組織は何事につけてもコンセンサスを重んじて慎重であるために、景気の方向が変わったと指摘するのも遅れがちになりますが、一方で、一匹狼のレポートにはリスクを採って早めのタイミングで指摘するものが少なくありません。もっとも、早ければよいというものでもなく、充分な証拠が揃わないうちに景気の方向が変わったと宣言しても、後から取り消される例が多いので、どちらがよいのか、一長一短といったところでしょうか。
そもそもエコノミストには、悲観的なことを言うバイアスがかかっているということにも留意が必要です。日本人は楽観的なことよりも悲観的なことを言う人の方を知的だと思ったり信頼できると考えたりする傾向があります。したがって、エコノミストには悲観的なことを言うインセンティブが働きますし、楽観的なエコノミストは市場から淘汰されてしまいかねないということもあるでしょう。特に、バブル崩壊後は悲観派の方が予測が的中することが多かったため、楽観派の多くが淘汰されてしまったという面が強く出ているように思います。もっとも、この点については新人記者として判断の難しい問題を含んでいます。情報の受け手(すなわちマスコミから見ると顧客)が悲観的な話を聞きたがっているということであれば、エコノミストが悲観的なことを言いがちだというバイアスがあることを知りながら、そのまま報道する方がよいという考え方もあるからです。そのあたりは、記者の判断というよりは、社としての判断ということもあるでしょうから、ここで立ち入るのはやめておきましょう。
(取材先選定に際しての注意点)
取材先はエコノミストだけではありません。マスコミは幅広く取材をすることで、足で稼ぐ景気情報を発信していかなくてはならないからです。その際に問題となるのは、取材先をどう選定するかということです。特にお願いしておきたいことは、大きな声を出す人、目立つ人だけに取材するのでは不十分だということです。
たとえば、円安になると、輸入原材料の価格が上がります。このとき、輸入原材料を用いている製造業は「収益が苦しくて仕方がない。売値を上げたいのだが、お客様が値上げに応じてくれないで困っている。」といった主張を大声で行うかもしれません。一方で、輸出企業の中には売値が自動的に上がって大儲けしているところがあるはずですが、こうした所は笑いをこらえて黙っているかもしれません。こうした時に、新人記者が、前者にだけ取材に行って記事を書くと、読者は「日本経済は円安により困難に陥っている」といった印象を持つかもしれません。これでは読者を誤解させたということになってしまうでしょう。そうしたことがないように、両方に平等に取材するように心がけるようにしていただきたいと思います。輸出企業が取材に応じてくれない場合にどうするかといったことは、ここでは置いておきましょう。
たとえば農産物の輸入自由化が議論されると、農業関係者は大きな声で反対を叫びます。しかし、輸入自由化で農産物が安く買えるようになるはずの消費者は、大声で賛成を叫ぶわけではありません。消費者一人当たりの利益が小さいために、大声を出すインセンティブが働かないからです。しかし、消費者は人数が多いため、消費者全体の利益は大きいものがあるでしょう。そこで、新人記者が前者にだけ取材に行くと、日本全体として輸入自由化による損失が大きいような誤解を読者に与えてしまうことになるでしょう。この場合には、「そうした問題を回避するためには、誰に取材をしに行けばよいのか」という問題があるため、簡単ではないのかもしれませんが、少なくともそうした問題意識は持つようにしていただきたいと思います。なお、輸入自由化については、学者などの中立的な立場の人に取材をすることで、ある程度は問題が緩和されるように思いますが、記者の方もいろいろと考えてみていただければと思います。
たとえば円高になった時に、大手メーカー各社が「我が社は円高に備えて海外現地生産化を進めてきたので、この程度の円高であれば収益にまったく影響がない」と言っているとしましょう。こうした会社に取材に行き、「日本経済は円高に対する抵抗力をつけているので、今回の円高の影響は小さいだろう」という記事を書くとすれば、それは問題です。円高になっても大手メーカーが収益の落ち込みを防ぐことができるのは、国内工場の稼働率を下げて海外工場の稼働率を上げることによってでしょう。それによって、国内工場の従業員がリストラされたり国内下請けメーカーへの発注が減ることは、日本の景気にとっては大きな問題です。しかし、こうしたことは、取材の際に大手メーカーが積極的に表明することではないので、記者の方で注意していないと見落としてしまうことになるというわけです。
(取材の際の留意点)
取材のとき、具体的な数字を聞くように心がけることは重要です。たとえば「当面の為替は小幅な動きに終始するだろう」と言われたとき、市場系エコノミストの発言ならば「今後1週間は1円以内の変動」といったイメージかもしれませんし、ファンダメンタルズ系エコノミストの発言ならば、「今後半年は5〜10円程度の値動き」といったイメージかもしれません。ファンダメンタルズ系のエコノミストは、「小動きという予測が当たった」と自分で満足しているときに、市場系のエコノミストから「為替は大きく動いたではないか。お前の予測ははずれたな」と言われて驚くことが少なくありません。こうしたことも、数字を示しておけば回避できると思います。
数字を挙げないとわからないという点につき、私自身の失敗談を申し上げておきましょう。中国経済に強気な私は、弱気なエコノミストとの間で各々強い理由と弱い理由を述べ合って議論したことがあります。最後に「それでは来年の成長率はどれほどだと思うか」を述べる段になり、私は「悪くても6%」と答えました。すると弱気派も「6%まで低下するだろう」と答え、結局両者が同じ成長率をイメージしていたということが最後に判明したというわけです。
最近の例では、原油価格高騰の影響についての例が興味深いと思います。最近の原油価格の高騰が景気を大きく下押しするというエコノミストが少なくありません。国際的なエネルギー機関(IEA)が「原油価格が10ドル上がると日本の成長率は0.4%下がる」という試算を発表していますので、これを用いて「0.4%も成長率が下がる」と言っているわけです。しかし、私は同じ数字を見て「現在4%も成長しているのだから、0.4%くらい減速しても誤差の範囲で、影響はほとんどない」と考えています。同じ数字でもイメージがこれほど違うわけですから、同じ言葉でもイメージしている数字が大きく異なることは、何も不思議ではないということでしょう。
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