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景気の見方読み方
Nov.04

2004.11.1

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新人経済記者へのアドバイス

はじめに> <(1)マクロ経済に親しむために> <(2)机上で得られるマクロ情報
 <(3)エコノミストの種類> <(4)取材先の癖を読む
(おまけ1) 私の景気予測法> <(おまけ2)アンケート調査の結果には要注意
(おまけ3)目立とう系の使う手口について> <(おまけ4)今の時点で特集を組むとしたら


はじめに
  新人の経済記者にアドバイスを御願いしたいという雑誌社のインタビューを受けました。自分では普段「足で稼ぐ調査」を怠っている手前、取材の仕方などを偉そうにアドバイスするのは気が引けたのですが、結局マクロ経済の見方、取材の際の留意点などを御話しました。今回は、その際の話の内容を御紹介しましょう。
(1)マクロ経済に親しむために
  経済といっても幅が広く、個々の企業の売上や業績、為替や株価の動き、年金の改革や消費財の増税、といったことが話題になります。「最近自動車が売れているから自動車会社は儲かっている」「自動車会社が儲かっているから自動車会社の株は値上がりするだろう」「最近円高だとニュースで聞くが、たしかに輸入ブランド品が値下がりしているようだ」「給料から天引きされる厚生年金保険料がまた増えた」といった話題は、手触り感があるので、新人記者の方でも抵抗なく理解できると思います。
しかし、こうした事柄の底流には、「景気がよいのか悪いのか」「経済の成長率がどうなるのか」といった「マクロ経済」が大きな要因として横たわっています。「景気がよいから自動車が売れるのだ」といった具合です。マクロ経済という言葉は、ミクロ経済という言葉と対になっているもので、マクロは経済の全体像、ミクロは個々の会社など、といったことですが、「木を見て森を見ず」の森にあたるのがマクロ、木に当たるのがミクロだとイメージしていただいてもよいと思います。
問題は、マクロ経済に対して、苦手意識を持つ人が多いということです。これは残念なことですが、ある程度仕方のない面もあります。皆さんには是非、これを後ろ向きに捉えることなく、「ライバル記者たちが苦手意識を持っているのならば、ここに強くなればメリットが大きい」と前向きに考えていただきたいと思います。そこで本稿では、皆さんのお役に立てるように、「マクロ経済の取材をして記事を書くために何をすればよいのか」、ということを私なりに書いてみたいと思います。
マクロ経済というと腰が引ける人が多い理由は三つあるようです。第一は、マクロ経済というと難解な経済理論を思い浮かべることです。しかし、これは気にすることはありません。活きた経済の動きを知る上では、難解な理論はほとんど必要ないからです。政策論争などを取材する際には、若干の基礎知識が必要ですが、それ以外の場合には「金利が上がれば景気が悪くなる」といった「常識人が普通に持っている知識」の応用で充分です。こうした常識は、拙著「図解経済初心者のための景気の見方・読み方(東洋経済新報社)」などをお読みいただいても結構ですし、そうでなくても取材などを繰り返すうちに自然に身についてくるでしょう。
第二の理由は、マクロ経済には手触り感がないことです。企業の利益が増減したと言われれば、それが何を意味しているかが誰にでも実感できますが、経済成長率が2%であったと言われても、「それがどうしたの?」という印象が強いのではないでしょうか?これについては、三つのことを覚えておいていただけるとよいと思います。第一は、「景気という統計があるわけではないということです。経済全体を見たときに「モノの売れ行きがよく、企業が儲かり、失業者が減り、人々が活き活きと働いて給料も増えるなど、皆がハッピーである」という状態であれば「景気がよい」と言われますが、「今の景気は何点か」というような点数表示はできないわけです。第二は、「景気がよい時は皆がよく、景気が悪い時は皆が悪い。景気の回復時や後退時は景気がよい部分と悪い部分に分かれることが多い」ということです。たとえば、景気が悪いときに、輸出が大きく伸びると、輸出企業は儲かりますが、その他の企業は不振のままでしょう。しかし、時間が経つと、下請け部品メーカーの売上が増えてくるでしょう。ボーナスをもらった輸出企業の社員が飲みに行くので飲み屋が儲かるということもあるでしょう。こうして多くの人が活き活きと働くようになってくるということです。第三は、エコノミストたちの予測する成長率が高いときは、彼等が景気の先行きに強気だということです。成長率が高いということは、来年は今年よりモノが売れ、したがって来年は今年より雇用が増え、来年は今年より人々が生き生きと働くようになるということだからです。目安としては、予測する成長率が2%以上ならば強気、それ以下ならば弱気、といったイメージでしょうか。
第三の理由は、専門家たちの言うことが人によって異なるため、初心者にとっては誰の話を聞いたらよいのか迷ってしまうということでしょう。マクロ経済については、職人芸のようなところがあり、プロたちも「長年の経験と勘」に頼って仕事をしている部分が多く、分析手法も各々が独自に持つノウハウであって、共通したものが存在しないのが実情です。こうした中で、「まともな強気論」「まともな弱気論」「単なる他人の真似」「根拠のない単なる予想」を見分けるのは大変なことです。新人記者にとっては、取材先の選定に悩むところだと思います。慣れない間は、ヒアリングすべき先とそうでない先の判別を先輩に教わるようにすると、大いに仕事がはかどるようになると思います。
さて、具体的に何をするかというと、机上で書類を読んで全体感を掴むとともに取材先の目途をつけ、取材で自分の理解を補強するとともに、興味深い少数説を探すということでしょう。マクロ経済に親しみを持ってもらうためには、ミクロの視点(個々の会社など)から景気というものに慣れていただくということも一案かもしれません。ミクロの合計がマクロであることを考えると、手触り感の得やすいミクロから始めるということは、ある意味で合理的だからです。もっとも、木の集まりが森であるからと言って、木を見て森を見ずになってはいけないのと同様、ミクロを見る時にはマクロのことを意識しながら見るようにしてください。将来的にはミクロとマクロが両方見れるようになると、最高ですね。
(2)机上で得られるマクロ情報up
  いきなり取材に出かけるわけにもいきませんから、インターネットなどで調べられることを先に調べることにしましょう。まずはマクロ経済というものに親しみを持つこと、それから「今の景気はどうなっているのか」という全体観を持つことです。
(景気に親しみ、全体観を持つ)
先ず始めに、内閣府の「景気ウォッチャー調査」を見てみましょう。これは、「街角景気」と俗称されているもので、「スーパーの売り場主任、タクシーの運転手、求人広告誌の編集者などを2千名ほど選び、景気はよいと思うか悪いと思うかを聞き、結果を集計したもの」です。後ろの方のページに、回答者が書いたコメントの一覧表が載っていますので、はじめに少し読んでみましょう。
マクロはミクロの集まりですから(森は木の集まりですから)、個々人のコメントを平均したものが世の中の景気感覚だと言えるでしょう。したがって、個々のコメントを読むことも充分意味があるのですが、マクロの景気を知るためには、コメントを読むだけではなく、各回答者の景気感覚の平均値を知る必要があります。平均値としては、DIと言われる集計結果が載っていますので、これをみればわかります。DIというのが何であるか、という説明も書いてありますが、とりあえず「DIが大きいほど回答者が景気を明るく見ている」ということだけわかっていればよいでしょう。
景気ウォッチャー調査で景気というものに親しみが持てるようになったら、次は日銀の金融経済月報と内閣府の月例経済報告を見てみましょう。日銀と内閣府は、日本で最高レベルのエコノミスト集団ですから、彼らのレポートを先ず読んでみようということです。加えて、これらは面白みには欠けますが、非常に常識的な見方が記してありますから、最初に読んで、まずは常識的な見方を理解しようというわけです。
これらは、各種の統計を加工したグラフなども豊富で、プロのエコノミストたちも愛用しているものですが、慣れていない人にとっては、グラフの意味を一つづつ理解しようと思うと大変ですので、何となく景気のイメージがつかめればよいと考えましょう。
次に、内閣府(厳密には内閣府の関連組織である社団法人経済企画協会)が発表している「ESPフォーキャスト調査」と言われるものを見ましょう。これは、数十人の民間エコノミストに経済成長率の予測を聞いて、それを平均したものです。平均的な成長率の予測が2%を超えているようであれば、民間エコノミストたちが景気の先行きに楽観的(強気ともいいます)であると考えてよいでしょう。
民間エコノミストが書いているレポートを読むことも重要です。もっとも、民間エコノミストのレポートは玉石混交なので、どのように見極めるのかということが問われるところです。どちらかというと大手シンクタンクのものは面白みに欠けますが、常識的なものが多いので、手始めとしては、コンセンサスに近い成長率を予測している大手シンクタンクのレポートを読むとよいかもしれません。
慣れてきたら、民間エコノミストのレポートのうちで、コンセンサスとは異なる見方を採っているものも見てみましょう。もっとも、少数説の中には見方の鋭いものもありますが、単に奇をてらっただけの「トンデモ物」も多いので、注意が必要です。新人には見分けがつきにくいでしょうから、レポートの判別について先輩のアドバイスをもらうようにしたいものです。もちろん、マスコミ的には「トンデモ物」であっても記事にする必要がある場合もあるでしょうから、「トンデモ物だから読まなくてもよい」というわけにはいかないでしょう。しかし、記事の中での採り上げ方には工夫が必要で、「まともな少数説」とは書き分ける必要があるでしょう。少なくとも、「トンデモ物」について常識派エコノミストにコメントを求めたりすることは避けたいものです。
(マスコミ情報について)
マスコミ上の経済記事を読むべきことも当然です。足で稼いだ情報が得られること、統計よりも変化に気付くのが早いこと、などのメリットがあるからです。手始めには、日刊紙よりも週刊誌あるいは月刊誌の記事の方が全体像の把握には役立つ場合が多いでしょう。週刊誌あるいは月刊誌は背景の説明、最近の出来事の解説、今後の見通しなどがセットで示されている場合が多い一方で、日刊紙は新しく起きた出来事だけを紹介している場合が多いからです。イメージで言えば、週刊誌などが「象という動物は大きくて鼻が長いという特徴があるが、その象が鼻先に怪我をして・・・」と書くのに対し、日刊紙は象のことをよく知っている人を対象として「象が鼻に怪我をした」といった記事を書くといったところでしょうか。日刊紙を読む必要がないとは言いませんが、新人が日刊紙だけを読んでも得られるものは多くないということは覚えておいてください。
マスコミから情報を得ようとする時に気をつけるべきことは、第一に、記者の理解度にバラツキがあるということです。幅広い範囲をカバーしている記者は、必ずしも経済の知識が豊富ではない場合もあり、誤解に基づいた記事も散見されます。とくに、マクロ経済については、手触り感を持たない不慣れな記者が不親切な取材先から得た情報を誤解する場合が少なくありません。その意味では、新人がマクロ経済の取材をする場合には、自分なりの理解を示して誤解がないか否かを取材先に確認するということが重要なのかもしれませんね。
マスコミ情報について今ひとつ注意すべきことは、「人が犬を噛めばニュースになるが、犬が人を噛んでもニュースにならない」ということです。マスコミに出ている事例は、必ずしも世の中の普通のことではない(むしろ普通ではない)ということです。これは、書く側が悪いわけではないので、読む側で注意するしかないでしょう。たとえば年俸制を導入した会社のことが10社分くらいマスコミに登場したとして、「もはや日本的雇用慣行は消滅しつつある」などと考えてはいけないわけです。身近な例で言えば、狂牛病よりも生ものの食中毒で命を落とす人が多いことに思いが至らず「狂牛病のニュースを見て牛肉を食べるのを止めた。その代わりに刺身定食を食べた」という人はマスコミ情報の受け手として問題があるでしょう。あるいはドライブの危険性を忘れて「テロが怖いので海外旅行をやめてドライブ旅行に出かけた」というのも同様でしょう。
では、マクロ経済を勉強しようと思って発表されるマクロ経済の統計を見るというのはどうでしょうか?これは、新人にはあまりお勧めしません。発表されたマクロ統計を眺めるのは、上級者の仕事だと思います。統計には、月々の振れや特殊要因があり、経済の実態を見るためにはこうしたものを除去したトレンドを見る必要があります。また、統計によって様々な癖がありますし、景気全体の中でどの統計がどのような重要性を持っているのかということも知った上で統計を見る必要があります。新人は、みずからこうした苦労をするのではなく、プロのエコノミストたちがこうした努力に基づいて執筆しているレポートを読むことから始める方がはるかに効率的だと思います。
(経済学について)
では、経済学の理論書を読むというのはどうでしょうか?これは、活きた経済を見つめる上ではほとんど必要ありませんので、お勧めしません。政策論争などを取材することになれば、若干の基礎知識が必要とされる場合もありますが、その場合にも論者に対して記者が経済学理論に詳しくないことを正直に説明すれば、論者が懇切丁寧に基礎から説明してくれる場合が少なくありません。論者としても、記者に理解してもらって自らの意図を正確に報道してもらう必要を感じているからです。
強いて一つだけ覚えておくとすれば、「現実の経済政策においては失業の問題が相当程度考慮される場合が多いが、経済学の理論は失業の問題を気にしない場合が多く、政策担当者と学者の議論はすれ違うことが少なくない。経済学者の多くは世の中は理屈どおりに動いているということを前提として話をするので、失業した人は今までよりも安い賃金の仕事を探すために新しい職を見つけることが出来ると考えるわけである」ということでしょう。
(3)エコノミストの種類up
 

マクロ経済について取材をする相手としては、何といってもエコノミストでしょうが、エコノミストにはいくつかの種類があるということに留意が必要です。経験の多寡、能力の高低はもちろんですが、それ以外に質的な違いがあるわけです。
(学者系、職人系、目立とう系)
大胆に分けるとすると、第一の区分は、学者系、職人系、目立とう系です。学者系は、現実を見つめることよりも理論的な整合性を重んじる傾向があり、経済が理屈どおりに動くとの前提で論理を展開します。こうしたことから、経済成長率の予測などよりも、政策論などを説くことに熱心な人が多いようです。職人系は、難しい理屈をこねるよりも景気予測を当てることを重視します。独自のノウハウを持ち、勘と経験に頼るところが多いため、おなじ職人系同士でも議論が噛み合わないことが少なくありませんし、学者系とはそもそも発想の根本が異なっているために、議論が噛み合わない場合の方が多いくらいです。
学者系と職人系の特徴としては、失業があることを前提にするか否かということが挙げられます。たとえば中国から安い輸入品が大量に流入してきたときに、「国内の製造業が倒産して失業者が出るからモノを買う人が減り、景気が悪くなる」と考えるのは職人系、失業のことを考えずに「人々の消費額が一定だとすると、中国からモノが安く買えた分だけ他のモノを買う余裕ができるから、全体としてのモノの売れ行きは増加する」と考えるのが学者系といったところでしょうか。
目立とう系の人は、理論的な精緻さや予測の正確性などよりも目立つことを重視する人で、いわゆる「トンデモ本」の著者などがこれにあたりますが、少し広い意味では目立とう系に属しているエコノミストは決して少なくないので、注意が必要です。
実際には、学者系、職人系、目立とう系のほかにも、単に多数説を繰り返しているだけの人や、ポジショントークをする人なども少なくありません。ポジショントークというのは、たとえば株価が高くなると儲かるような証券会社があったとして、そこに雇われているエコノミストが常に「景気は良くなるから株価は上がる」と言い続けているような場合を指すわけです。
(市場系、ファンダメンタルズ系)
学者系は別として、現実の経済を見つめているエコノミストを今ひとつの側面から大胆に分類すると、市場系とファンダメンタルズ系に分けられます。目的から考えると、株価や為替などの「市場もの」の動きを予測するために必要な範囲で景気などを予測するのが市場系(ストラテジストとも呼ばれます)、景気などを予測するために必要な範囲で市場ものを予測するファンダメンタルズ系、ということになります。その結果、市場系のエコノミストは市場関係者を主な聞き手として意識する一方、ファンダメンタルズ系のエコノミストは広く一般の人々を聞き手として意識するということになりがちです。
また、どのように市場ものを予測しているかということについて言えば、「あるべき姿よりも市場のムードを重視する市場系」「株価や為替があるべき姿に近づくと考えて予測を行ない、理路整然と間違えるファンダメンタルズ系」といった分け方も可能でしょう。株価や為替などは市場関係者の思惑などで大きく変動するため、必ずしもファンダメンタルズ系エコノミストが理屈で考えたとおりには動かないということが原因となっているわけです。
従来の流れから外れた統計(人々が予想していなかったような数字)が出た時に、それに神経を集中して市場の反応に遅れないようにしようと考える市場系と、全体の大きなトレンドを重視してトレンドから外れた数字に惑わされないように注意するファンダメンタルズ系という違いもあります。ファンダメンタルズ系は、「単発の統計に一喜一憂することなく、他の統計も見て総合的に判断しよう」と考えますが、市場系は直ちに反応しないと株価や為替などが先に動いてしまって手遅れになるという違いがあるわけです。
両者の違いをあらわす興味深い例として、市場系エコノミストは「米国の雇用統計で雇用者数が前月よりも何人増えたか」ということに非常に強い関心を示しているということが挙げられます。市場系エコノミストがこれに注目するのは、市場参加者がこれに注目しているため、これによって実際に市場が大きく動く傾向があるからです。一方、ファンダメンタルズ系のエコノミストにとっては、雇用統計は数ある経済統計の一つにすぎませんから、それほど注目はしていないわけです。
今ひとつ、株価や為替の変動幅に関する感覚も大きく異なります。為替が5円動くと「大きな動き」と捉える市場系に対し、「景気の大勢に影響のない小動き」と捉えるファンダメンタルズ系というわけです。為替のディーリングを担当している人にとっては価格が5%動けば大きな動きですから、彼らを主な聞き手として予測を行なっている市場系のエコノミストはこれを大きな動きと捉える必要があるというわけです。

(4)取材先の癖を読むup
  (エコノミストのバイアス)
エコノミストは、立場によって発言にバイアスがかかっている場合があります。上記のポジショントークの場合は問題外ですが、意図せずにバイアスがかかっている場合も少なくありません。たとえば大組織の出すレポートは「常識的ではあるが、面白みに欠ける」傾向がある一方で、一匹狼のエコノミストが出すレポートは「興味深い分析や指摘が多い一方で、稚拙な分析やトンデモ物であるかもしれない」というリスクがあります。景気が回復しはじめた(または後退しはじめた)ことを指摘する時期についても違いがあります。大組織は何事につけてもコンセンサスを重んじて慎重であるために、景気の方向が変わったと指摘するのも遅れがちになりますが、一方で、一匹狼のレポートにはリスクを採って早めのタイミングで指摘するものが少なくありません。もっとも、早ければよいというものでもなく、充分な証拠が揃わないうちに景気の方向が変わったと宣言しても、後から取り消される例が多いので、どちらがよいのか、一長一短といったところでしょうか。
そもそもエコノミストには、悲観的なことを言うバイアスがかかっているということにも留意が必要です。日本人は楽観的なことよりも悲観的なことを言う人の方を知的だと思ったり信頼できると考えたりする傾向があります。したがって、エコノミストには悲観的なことを言うインセンティブが働きますし、楽観的なエコノミストは市場から淘汰されてしまいかねないということもあるでしょう。特に、バブル崩壊後は悲観派の方が予測が的中することが多かったため、楽観派の多くが淘汰されてしまったという面が強く出ているように思います。もっとも、この点については新人記者として判断の難しい問題を含んでいます。情報の受け手(すなわちマスコミから見ると顧客)が悲観的な話を聞きたがっているということであれば、エコノミストが悲観的なことを言いがちだというバイアスがあることを知りながら、そのまま報道する方がよいという考え方もあるからです。そのあたりは、記者の判断というよりは、社としての判断ということもあるでしょうから、ここで立ち入るのはやめておきましょう。

(取材先選定に際しての注意点)
取材先はエコノミストだけではありません。マスコミは幅広く取材をすることで、足で稼ぐ景気情報を発信していかなくてはならないからです。その際に問題となるのは、取材先をどう選定するかということです。特にお願いしておきたいことは、大きな声を出す人、目立つ人だけに取材するのでは不十分だということです。
たとえば、円安になると、輸入原材料の価格が上がります。このとき、輸入原材料を用いている製造業は「収益が苦しくて仕方がない。売値を上げたいのだが、お客様が値上げに応じてくれないで困っている。」といった主張を大声で行うかもしれません。一方で、輸出企業の中には売値が自動的に上がって大儲けしているところがあるはずですが、こうした所は笑いをこらえて黙っているかもしれません。こうした時に、新人記者が、前者にだけ取材に行って記事を書くと、読者は「日本経済は円安により困難に陥っている」といった印象を持つかもしれません。これでは読者を誤解させたということになってしまうでしょう。そうしたことがないように、両方に平等に取材するように心がけるようにしていただきたいと思います。輸出企業が取材に応じてくれない場合にどうするかといったことは、ここでは置いておきましょう。
たとえば農産物の輸入自由化が議論されると、農業関係者は大きな声で反対を叫びます。しかし、輸入自由化で農産物が安く買えるようになるはずの消費者は、大声で賛成を叫ぶわけではありません。消費者一人当たりの利益が小さいために、大声を出すインセンティブが働かないからです。しかし、消費者は人数が多いため、消費者全体の利益は大きいものがあるでしょう。そこで、新人記者が前者にだけ取材に行くと、日本全体として輸入自由化による損失が大きいような誤解を読者に与えてしまうことになるでしょう。この場合には、「そうした問題を回避するためには、誰に取材をしに行けばよいのか」という問題があるため、簡単ではないのかもしれませんが、少なくともそうした問題意識は持つようにしていただきたいと思います。なお、輸入自由化については、学者などの中立的な立場の人に取材をすることで、ある程度は問題が緩和されるように思いますが、記者の方もいろいろと考えてみていただければと思います。
たとえば円高になった時に、大手メーカー各社が「我が社は円高に備えて海外現地生産化を進めてきたので、この程度の円高であれば収益にまったく影響がない」と言っているとしましょう。こうした会社に取材に行き、「日本経済は円高に対する抵抗力をつけているので、今回の円高の影響は小さいだろう」という記事を書くとすれば、それは問題です。円高になっても大手メーカーが収益の落ち込みを防ぐことができるのは、国内工場の稼働率を下げて海外工場の稼働率を上げることによってでしょう。それによって、国内工場の従業員がリストラされたり国内下請けメーカーへの発注が減ることは、日本の景気にとっては大きな問題です。しかし、こうしたことは、取材の際に大手メーカーが積極的に表明することではないので、記者の方で注意していないと見落としてしまうことになるというわけです。

(取材の際の留意点)
取材のとき、具体的な数字を聞くように心がけることは重要です。たとえば「当面の為替は小幅な動きに終始するだろう」と言われたとき、市場系エコノミストの発言ならば「今後1週間は1円以内の変動」といったイメージかもしれませんし、ファンダメンタルズ系エコノミストの発言ならば、「今後半年は5〜10円程度の値動き」といったイメージかもしれません。ファンダメンタルズ系のエコノミストは、「小動きという予測が当たった」と自分で満足しているときに、市場系のエコノミストから「為替は大きく動いたではないか。お前の予測ははずれたな」と言われて驚くことが少なくありません。こうしたことも、数字を示しておけば回避できると思います。
数字を挙げないとわからないという点につき、私自身の失敗談を申し上げておきましょう。中国経済に強気な私は、弱気なエコノミストとの間で各々強い理由と弱い理由を述べ合って議論したことがあります。最後に「それでは来年の成長率はどれほどだと思うか」を述べる段になり、私は「悪くても6%」と答えました。すると弱気派も「6%まで低下するだろう」と答え、結局両者が同じ成長率をイメージしていたということが最後に判明したというわけです。
最近の例では、原油価格高騰の影響についての例が興味深いと思います。最近の原油価格の高騰が景気を大きく下押しするというエコノミストが少なくありません。国際的なエネルギー機関(IEA)が「原油価格が10ドル上がると日本の成長率は0.4%下がる」という試算を発表していますので、これを用いて「0.4%も成長率が下がる」と言っているわけです。しかし、私は同じ数字を見て「現在4%も成長しているのだから、0.4%くらい減速しても誤差の範囲で、影響はほとんどない」と考えています。同じ数字でもイメージがこれほど違うわけですから、同じ言葉でもイメージしている数字が大きく異なることは、何も不思議ではないということでしょう。

(おまけ1) 私の景気予測法up
  エコノミストは、それぞれのノウハウに基づいて景気を見ています。私もファンダメンタルズ系エコノミストの末席を汚すものとして、景気を見る上でのノウハウ(と呼べるほど立派なものではありませんが、少なくともノウハウのようなもの)をいくつか持っていますので、ここで御紹介しておきましょう。
最も重要なことは、景気は勝手に方向を変えたりしないということです。景気はよい方向に進みはじめると、売上が増える→生産が増える→人を雇う→給料をもらった人がモノを買う→売上が増える、といった具合に好循環がはじまります。そうなると、しばらく景気の回復、拡大が続きます。しかし、いつかはインフレが心配になり、日銀が金利を上げて景気をわざと悪くする時が来ます。もっともその前に、たとえば急激な円高になったり海外の景気が悪化して輸出が急減したりすれば、日本の景気も悪くなる場合がありますが。こうして一度景気が悪い方向に進み始めると、今度は日銀が金利を下げたり政府が公共投資を行なったり外国の景気がよくなって輸出が増えたりするまでは、景気の悪化が続くことになるわけです。「景気が回復をはじめて30ヶ月も経ったから、そろそろ悪くなる時期だ」ということは考えるべきではないというのが私の考え方です。そこで、景気の方向を変えるような力が働くか否かということに最大限の注意を払っています。
私は、ファンダメンタルズ系エコノミストとして、個々の情報に一喜一憂せず、大局観を大切にするように心がけています。景気は大型タンカーのようなもので、多少のことでは方向が変わったりしないものです。一方で、経済指標は月次の振れや特殊要因などで大きく振れることが少なくありません。したがって、驚くような経済指標が発表されたとしても、「来月も同じような数字が発表されたら、その時に大局観を変更すればよいので、現時点で焦って景気予測を大きく変更する必要はない」と考えることを原則としています。
大局観という意味では、今ひとつ気をつけていることが、「海の水を一口飲んだら減る」といった議論に惑わされないようにすることです。たとえば消費者物価の前年比はマイナス0.1%前後で推移していますが、これをもって「マイナスには違いないのだから日本は未だデフレである」というよりも、「物価の前年比は概ねゼロであって、この程度であれば景気などへの悪影響も見られないのだから、もはやデフレではないと考えることが大局観に合っている」と考えるわけです。困るのは、討論会などの時に「あなたは消費者物価がマイナスだとデフレだという定義もしらないのか」と言う人がいることです。必死に反論しても、聴衆から見ると、負け惜しみを言っているようにしか聞こえず、悔しい思いをすることがありますが、だからと言って自説を曲げるというわけにも行かないわけです。
各経済主体の視点でモノを考える習慣をつけるということも重要です。将棋を指している時に、将棋盤を180度回転させただけで、今まで自分が如何に「勝手読み」をしていたかがわかることがあります。相手の視点からは、同じ将棋盤が全く違うものに見えているからです。これは、売り手が買い手の視線に立ってセールストークを考えるといった場合にも重要なことなのでしょうが、エコノミストにとっても重要なことだと思います。たとえば学者の視点からみると「日銀が世の中に資金を供給すれば、世の中の金廻りがよくなって景気が回復するだろう」と考えられていたとしても、借り手の視点からは「現在の工場の稼働率が低いのだから、いくら金利がゼロでも借金をして工場を増設するつもりはない」ということになりますし、銀行の視点からは「いくら日銀が資金を供給してくれても、借り手の信用力と資金需要が高まらなければ、融資を増やすわけにはいかない」ということになるわけです。こう考えると、量的緩和政策が景気刺激にほとんど役立たないということは明らかなように思えるというわけです。
通説や多数説を一度は疑ってみるということも必要なことだと思います。運がよければ有力な少数説が開発できることもあるでしょう。しかし、結果として通説、多数説が正しいということになっても、それはそれでかまわないのです。一度疑ってみることで、自分の頭が整理されるからです。
時としてエコノミストたちの議論は、結論だけが書いてあって、そこに至る思考回路が完全には説明されていない場合も少なくありません。典型的であったのは、一時期の多数説であった「構造問題があるので日本の景気は回復しない」というものです。日本に構造問題があることは万人が認めるところでしたが、それが何故、どのようなルートで景気回復を妨げるのか、説明したものは少なかったように思います。むしろ、「そんかことがわからないような人に私のレポートを読んで欲しくない」とでも言いたげなレポートが多かったように思います。
しかし、たとえば銀行が不良債権を抱えていたからと言って、それが貸し渋りにつながるという明確な論理は誰も示していなかったように思います。そこで私は、貸し渋りが景気回復を妨げることはないと考えていました。いくら不良債権を抱えていても、銀行というものは優良企業からの資金需要には積極的に応じるものだと思いますし、そうしなければ不良債権の償却原資が稼げないからです。98年の特殊な状況は別として、借り手へのアンケートでも、金融機関の貸出態度が特に厳しかったという結果は出ていないようですから、今でも私は正しかったのだと考えています。
今後についても、たとえば団塊の世代が引退すると年金財政が悪化すると言われていますが、一方で企業の人件費負担が軽減されることを指摘する人は多くありません。また、少子化でこれからの若者は大変だと言われていますが、これも本当だろうかと疑ってみることは大事なことだと思います。年金だけを考えれば払込額よりも受取額が少ないので大変には違いありませんが、一人当たりの遺産の受取額は少子化によって増えるはずです。
(おまけ2)アンケート調査の結果には要注意up
  景気について語るとき、アンケート調査の結果を引用する人がいますが、アンケートについては、対象の選び方で結果が大きく変わる場合がありますので、注意が必要です。たとえば上場企業を対象とした調査では、企業規模として大企業に偏るばかりでなく、経済全体に占めるウエイトよりも製造業のウエイトが大きくなるといった特徴があります。あるいは、「平日の昼間にNTTの電話帳を使って家計に関するアンケートを行なった」という場合には、専業主婦のいる家庭ばかりが回答し、全国平均の消費者の姿とは相当異なった結果が出るかもしれません。
因果関係にも注意が必要です。たとえば、人々に学歴と金融資産を聞いて集計した結果、「大学出は金融資産が大きい」という結論になったとしましょう。それは「大学を出れば豊かになれる」ことを意味しているでしょうか?そうとは言い切れないでしょう。親が金持ちだと子供を大学に行かせるという経路と親が金持ちだと遺産が多いという経路が別々に存在していて、結果として大学出は金持ちだということになっているだけかもしれないからです。
質問の方法によっても、結果は大きく変わるでしょう。たとえば「あなたの家計には余裕がありますか、苦しいですか」という問に続いて「消費税の増税に賛成ですか」と聞けば、反対との答えが多くなるでしょう。一方で、「日本の財政状況が非常に厳しく、将来の年金が破綻すると心配している人が多いことを知っていますか」という問に続いて「消費税の増税に賛成ですか」と聞けば、賛成との答が多くなるかもしれません。このことは、アンケートをとる主体が誘導尋問を行なうことが出来る(意図して行なう場合と、結果としてそうなってしまう場合がある)ということを意味しています。
(おまけ3)目立とう系の使う手口についてup
  目立とう系の典型は、いわゆる「トンデモ本」の著者でしょうが、そこまで行かなくても、目立とう系にはいろいろなパターンの人がいます。たとえば「雨が降れば洪水が心配だと騒ぎ、雨が止むと水不足が心配だと騒ぎ、1日に二回注目されようとする人」もいます。従来のトレンドと異なるような統計数字が発表になるとただちに「景気の方向が変わったようだ」と騒ぐ人も、目立とう系かもしれません。
「夏来たりなば春遠からじ」といったものもあります。夏休みの受験生を励ます場合であればともかく、通常は「冬来たりなば」が正しいわけですが、聞き手を驚かすという効果を狙った戦略としては一理ある戦略かもしれません。「景気が回復して設備投資が増えてきたので、過剰投資が心配だ」といった類の話は、珍しいものではありませんので、注意する必要があるでしょう。
私が感動した例としては、「止まった時計戦略」というのがあります。「止まった時計は一日に二回正しい時刻を指す」ということで、「景気は絶対悪くなる」と言い続ければ、いつかは当たるというわけです。これが何故目立とう系なのかというと、本当に景気がよい時には誰も同じ見解の人がいないので、大いに目立つからです。私がエコノミストの駆け出しであったバブル期に、「景気は絶対悪くなる」と言い続けていた人がいました。駆け出しの私にさえも、来年の景気が悪くなるはずがないとはっきりわかりましたから、その人のことを「よほど経済がわかっていない人なのだろう」と思っていましたが、そうではなかったわけです。マスコミが景気討論会を開くと、景気強気派ばかりで討論になりません。そこで、必ずその人にお呼びがかかり、その人は大いに有名になりました。予測がいくら外れても、次も必ず討論会に呼ばれるという保障があったので、堂々と弱気論を展開していたわけです。充分有名になったころ、バブルが崩壊して実際に景気が悪くなりました。そうなると、その人は「私が前から申し上げていたとおり、景気は悪くなった」と言い始めたわけです。その時私は、エコノミストにもいろいろな生き方があるのだと悟ったというわけです。
なお、目立とう系のエコノミストと紛らわしい場合は少なからずあるので、注意が必要です。たとえば、目立とうと思っているわけではないが、意図せずに「変な見通し」を発表してしまって目立ってしまった素人エコノミストの例は数多く見られます。また、市場系エコノミストとの区別も難しいものがあります。エコノミストが一つの統計数字だけから「景気の方向が変わった」と言えば、それは目立とう系である可能性が高いと思いますが、まともな市場系エコノミストであるかもしれないからです。
(おまけ4)今の時点で特集を組むとしたらup
  景気のよい時には、人々は景気に関心を示さない傾向があります。健康な時に健康に関心を示さないのと同じです。したがって、現在景気がよいという事例を集めた特集は、読者の関心を惹かない可能性が強いと思います。
景気見通しはどうでしょうか?エコノミストの間では、「来年の春に景気が後退するが、すぐに立ち直って再び拡大する」といった見方をしている人が多いようです。後退の時期が春なのか秋なのか、後退まではしないが減速するということなのか、見方はいろいろありますが、所詮はコップの中の嵐であって、部外者からみれば「要するに当分の間不況は来ないということだな」という一行で終わってしまうわけです。市場関係者にとっては、このあたりの小さな差が重要なのかもしれませんから、市場関係者は関心を示すかもしれませんが、一般の読者には関心がないということです。したがって、市場関係者をターゲットにしている媒体は別として、一般の媒体にとっては、景気見通しも、現時点での特集には向かないということになるでしょう。
私ならば、「不況が来るとしたら、どういう場合か」という特集を組むと思います。「原油60ドルが続いたら」「米国の成長率が2%にまで下がったら」「ケリーが大統領になって円高政策を推し進めたら」「中国の成長率が6%にまで下がったら」といったケースについて、それぞれ不況になるという説と不況は回避されるという説を対比するといった企画を考えるわけです。人間は、いくら健康な時でも「あなたには、こういう病気にかかるリスクがある」という記事には関心を示すものですからね。
  以上です。
なお、今次インタビューは、月刊誌「編集会議」の12月号(11月1日発売)に向けたもので、内容の一部が当誌に掲載される予定です。また、上記は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありませんし、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。
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