景気の見方読み方
Jan.04

2004.1.1

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今年は景気の底堅め

はじめに
 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
今回は、新年にちなんで今年の見通しを書いてみました。昨年の年初には、小泉改革の痛みを見込んで暗い景気見通しを持っていましたが、その後、小泉改革が軟化したことによって景気が回復軌道に乗ったため、結果として見通しがはずれてしまいました。今年こそ当たってくれると願っていますが、どうなりますでしょうか。

景気は勝手に止まらない
  景気が方向として回復しつつあることは間違いないと思います。景気の水準として「景気がよい」とは言えませんが、よくなる方向に向かって動いているというわけです。
    「景気が回復局面にある」というのは方向の話であって、水準の話ではありません。「政府は景気が回復局面にあると言っているが、私の暮らしは依然として厳しい」と考えている人は多いでしょうが、それはある意味で当然のことなのです。政府が言っているのは「生活が楽な人が多い」ということではなく、「去年に比べて苦しさが減った人が多い」ということなのですから。
  景気の予想をする際に、もっとも大事なことは、「景気は、ひとたび回復をはじめれば、そのまま回復を続けることが基本であり、そうならないとすれば、何か景気の方向を変化させる大きな力が外から働いた場合である」ということです。
 急激な円高で輸出が激減した、米国の景気後退で輸出が激減した、政府の大増税で消費や投資が冷え込んだ、といった場合には、回復中の景気が方向転換して後退をはじめる場合がありますが、そうした出来事がない限りは景気の拡大は続くと考えておくべきでしょう。峠を越した病人が、「安静にしていれば時間とともに体力を回復して元気になるであろう。それまで冷気にあたったり伝染病患者と接触したりしなければの話だが」と医者に言われているイメージです。
     生産が増えると企業が人を雇い、雇われた人の所得が増えるので、人々が消費を増やします。すると企業がますます生産を増やすという好循環が生まれます。
  企業の生産が増えてくると、新しい工場を建てるための設備投資が行われ、設備機械メーカーなどの生産が増えるということもあるでしょう。
企業の売上が増えると利益が増加し、株価が上がるでしょう。そうなると、人々の気分が明るくなったり、株を持っている人の気が大きくなったりして、消費や投資がますます増えるということもあるでしょう。
 こうして、景気はひとたび回復を始めると、そのまま回復を続ける傾向がある(反対に、ひとたび後退しはじめるとそのまま後退するという傾向がある)わけです。
 

では、今年中に景気の方向を変えるような出来事が予想されるかというと、(テロや地震などを別とすれば)現時点で可能性が高いと思われるようなものはなさそうです(ここが景気見通しの最大のポイントになりますので、後述します)。したがって、筆者は緩やかながら息の長い回復を予想しています。

現在は、日本がデフレから脱却しつつあると考えている人は稀で、多くの人はデフレはまだまだ続くと考えているようです。前年比でみた消費者物価(生鮮食品を除くベース)のマイナス幅は非常に小さくなってきていて、10月にはプラスも記録していますが、「これは、医療費やコメの値上がりといった特殊要因によるもので、実力ベースでみれば消費者物価は未だマイナスであり、デフレが終わりつつあるとはいえない」という意見がいまのところ多数派です。しかし、今年中には、日本経済がデフレから脱却したことが、人々にはっきりと認識されるようになるでしょう。

     デフレがすでに終わっている(あるいはまさに終わりつつある)のか否かについては、両方の見方があると思います。筆者は、物価を季節調整済前月比で見るようにしているので、「医療費が値上がった後の4月と10月についてコメを除くベースで比較して物価が下がっていないのだから、デフレはすでに終わっているというべきだ。11月には下落しているが、これこそ特殊要因によるものだ」と考えていますが、物価を前年比で見る人々にとっては「医療費やコメなどを除く品目についてみれば物価はまだ下がっている」ということになるでしょう。
 しかし、こうした論争よりも重要なことがあると思います。今後を予想する上で重要なのは「今がデフレであるか」という水準の問題ではなく、「デフレが緩む方向に物事が動いており、時間が経てばいつかはデフレから脱却できる目処が立っていると言えるか否か」という方向の問題だと思います。
 医療費とコメを除くベースで見ても、前年比で見た物価下落速度が緩やかになってきたことは疑いありません。重要なことは、なぜ緩やかになってきたのか、その原因となった事柄は今後も持続すると予想されるのか、その結果下落速度はさらに緩やかになっていつかはプラスになると予想されるのか、といったことだと考えるわけです。
  物価の下落幅を縮めてきた要因は、景気が方向としては上を向いていること、賃金が下げ止まっていること、などでしょう。そして、今後についても景気の方向は上を向いたままで推移するでしょうし、賃金が再び下落を始めることも考えにくいでしょう。そうだとすれば、今後もますます物価下落を押し止めるような力が働き、しばらく経てば物価の前年比が上昇に転じると考える方が自然なような気がします。
 病人の例で言えば、重病人が体力を回復して退院したけれども、薬は飲み続けているといったイメージでしょう。「薬を飲んでいる間は病人だ」ということを強調するのか「回復して退院を許された」ことを重視するのかといえば、後者の方が大局的な見地からモノを見ているように思いますが、いかがでしょうか。
景気回復の背景up
  景気が回復をはじめた理由は、じつはそれほど明らかではありません。通常であれば、不況期には政府が公共投資により景気を刺激して回復のきっかけを作るのですが、今回は一貫して公共投資が減り続けるなかでの回復となっています。輸出が急増することによって景気が回復をはじめる場合もありますが、今回は景気を回復させるほど輸出が急増したわけではありません。金融緩和はもともと景気を回復させる力が弱いですし、今回はそもそもマネーサプライが伸びていないことからも、景気を回復させた要因とは言えないでしょう。
     日銀の金融政策は、景気過熱時に引き締める場合には絶大な力を発揮します。金利を高くすれば「借金して工場を建てても儲からないから設備投資をやめた」という企業が増えて、景気が悪くなるからです。一方で、不況時に緩和しても景気を回復させる力はあまり強くありません。景気が悪くて工場の稼働率が低いときには金利を下げても工場を増設する会社は少ないため、景気はそれほどよくならないわけです。
 こうしたことから、「金融政策はゴムひものようなものだ」と言われています。引っ張ることはできても押すことは難しいというわけです。これを筆者は「喉の渇いている馬に水を飲ませないことは簡単だが、喉の渇いていない馬に水をのませるのは難しい」と説明することにしています。
  景気が回復した理由は、構造改革の軟化であると思われます。小泉内閣発足当時に策定された「骨太の方針」には、「痛みに耐えて」という表現にぴったりの、景気に悪そうな政策が並んでいます。「これをそのまま実行したら大不況になるだろう」と筆者は予想していましたが、実際にはそのまま実行されることはなかったというわけです。
 財政赤字に関しては、「年間30兆円以内に抑える」との目標が放棄され、今年度も来年度も36兆円台の赤字が見込まれています。骨太の方針とくらべると、毎年6兆円以上の減税を行ったのと同じことになるわけです。
 不良債権に関しては、骨太の方針の「借金の返せない企業は清算してしまった方が日本経済の活性化に役立つ」という方針から、一昨年10月の金融再生プログラムで「不振企業は淘汰ではなく再生をめざす」という方針に転換されました。その結果、倒産件数は激減し、景気の悪化を食い止めることにおおいに貢献したわけです。
     構造改革は、小泉政権の当初の意気込みにくらべると大幅に軟化しており、小泉首相は残念に思っていることでしょう。一方、改革が挫折したというのは言い過ぎで、曲がりなりにも改革が進んでいることは間違いありませんから、「抵抗勢力」にも不満がたまっているでしょう。
 双方に不満があるわけですが、現状を冷静に眺めると、日本経済にとっては、結果としてもっとも望ましい状況が実現しているといえるのかもしれません。改革派と「抵抗勢力」の綱引きの結果、「まがりなりにも改革は進展し、しかも改革の行き過ぎによる景気の腰折れは回避されている」という微妙なバランスが実現しているからです。
  景気が回復した要因として、「企業のリストラがすすんで企業収益が好転し、設備投資に結びついたからだ」という見方があります。誤りではないかもしれませんが、今ひとつ説得力に欠けるように思います。なぜならば、企業のリストラが景気回復に結びつくとは限らないからです。通常であれば、「企業の売上が変化しないなかで、リストラにより企業収益が改善した分だけ従業員の給料が減った。設備投資が増えた分だけ個人消費が減って、景気には変化がなかった」ということになるはずだからです。
 ここではむしろ、「企業の設備投資が増えたのは当然で、消費が減らなかったことが景気回復の隠れた要因だ」というべきでしょう。戦国大名が北の国境から南の国境に兵隊を移して、南の隣国を攻め取ったとします。偉いのは活躍の目立っている南方の指揮官ではなく、目立たないけれども減った兵隊で北方の国境を守りきった北方の指揮官だと言うべきではないでしょうか。
     このように、モノには両面あります。「企業にとって売値が下がれば消費者にとって買値が下がるわけで、デフレにも悪い面とよい面が両方ある」「円高で輸出業者は困るが、輸入業者はよろこぶ」といったことを常に意識していないと、片側だけの報道を聞いて全体像を誤って理解する可能性があるので、気を付けたいものです。
   問題は、給料が減ったのに消費が減らなかったのは何故かということです。多くのエコノミストたちが説明しようと試みていますが、じつはよくわかっていないと言えるでしょう。筆者なりに説明を試みるとすれば、極端に絞まっていた財布の紐が、「かなり絞まっている」状態にまで緩んできたということではないでしょうか。
 山一證券の廃業後、サラリーマンがそれまで当然と考えてきた「職の安全」への疑問が生じ、くわえて「痛みに耐えて改革を断行しよう」などという首相が登場したため、消費者は「何がおきるかわからない」という不安心理から、未知の怪獣に出会ったカメが甲羅に引っ込むようにして、財布の紐を絞めたのだと思います。それが、未知の怪獣に目が慣れてきたこと、小泉改革が軟化してきたこと、などによって少しずつ財布の紐を緩め始めていることが、前期比や前年比で見た消費の底堅さにつながっているように思われます。
景気の底堅めup
 

 今年は、景気が回復を続ける年となるでしょう。しかし、回復のスピードは緩やかで、景気が「好景気」と呼ばれるような水準には達しないでしょう。景気に関しての変化は、むしろ「景気が底割れするリスクが減っていく」という面が大きいように思います。そして、「景気が底割れしたり日本経済がメルトダウンしたりするリスクが減り、景気の底が堅くなる」という実感を人々が持つようになるのではないかと考えています。
 景気の現状は、ようやく退院した病み上がりの病人といったイメージで、「何事もなければ次第に回復していくであろうが、少しでも冷気に当たると病が再発する」といった不安を抱えている状態だと言えるでしょう。目立とう精神の旺盛な人が「日本経済パニックシナリオ」を考えようと思えば、材料はいくらでも思いつくといった状況です。
 しかし、今年1年景気が回復を続ければ、経済の体力が回復し、多少の外的ショックが加わっても景気が腰折れしないようになってくるでしょう。なによりも、金融システムの崩壊というリスクが遠ざかることの意味は大変おおきなものがあります。

景気が回復して企業の利益が増えれば、いままで借金が返せないと思われていた企業が借金を返せるようになりますから、銀行の不良債権問題は緩和されるでしょう。デフレが終わることも、借り手にとって朗報でしょう。デフレの間は「設備投資のために借金をすると、借金の金額は減らない一方で、新しい設備を使って作る製品の売値がどんどん下がるのだから、返済が大変だ」という借り手が多かったわけですが、製品の売値が下がらないようになれば、借金の返済もその分だけ楽になるからです。銀行にとって今ひとつよいことは、景気が回復すると株価が上昇しますが、銀行は株式を大量に持っているために、銀行の自己資本が充実して、銀行の健全性が増すということでしょう。
 銀行の健全性が増すことに加え、人々が銀行倒産の不安を持たなくなることも重要です。金融システムの崩壊といったパニックが生じるのは、いくつかの銀行が倒産したときに、人々が「他の銀行も危ないかもしれない」と考えて取り付け騒ぎが一斉に起きる場合です。したがって、人々の不安心理が薄れていけば、こうしたパニックの可能性は減っていくというわけです。これからも、銀行の破綻は起きるかもしれません。そのときに、人々が「氷山の一角だ」と考えるか、「これは例外だろう」と考えるかが重要だというわけです。
 景気の回復、デフレの終了などによって銀行の健全性が増していくことに加え、政策対応も重要です。ペイオフは部分的に解禁されているものの、りそな銀行も足利銀行も預金は全額保護されました。こうした対応により、取り付け騒ぎの可能性が減っていくというわけです

     これは、事実上ペイオフを延期しているということを意味しています。政策論としては賛成も反対もあるでしょうが、景気を予想をする立場としては、ペイオフが事実上延期された方が(少なくとも短期的には)経済が安定し、パニックの可能性が減るということは間違いないでしょう。
  景気の底割れリスクが減るという意味では、構造改革路線の軟化が定着するということも大きいでしょう。すでに来年度予算案は37兆円弱の赤字予算となっていて、緊縮財政が採られる可能性はほとんどないと考えてよいでしょう。不良債権処理に伴う不振企業の整理も、「淘汰から再生」「リレーションシップバンキング」といった方針が出てきて「骨太の方針」が変質した経緯を考えれば、再び流れが逆転する可能性は小さいと言えるでしょう。
 道路公団民営化に伴う高速道路建設凍結問題などの推移を見ても、改革を進めようとする力と押しとどめようとする力が引き合っていて、一方的に改革路線が断行できるような状況ではないということが読み取れます。今後も、「まがりなりにも改革は進展し、しかし早すぎて景気の腰を折ることはない」という状況が続くでしょう。こうしたことが積み重なることによって、改革のスローダウンを嘆く声が大きくなる一方で、日本経済のパニックシナリオを騒ぎ立てる声は小さくなっていくのだろうと考えています。
景気後退の可能性up
   石油ショックやテロや大地震といった大ショックが起きれば景気の見通しが外れることは当然ですが、そういう可能性を除くと、年内に景気が方向転換して後退しはじめる可能性は比較的小さいと考えられます。
 2001年には米国の景気変調に伴って日本の輸出が激減し、景気が方向転換してしまいましたが、今年はこうした可能性は大きくないでしょう。米国経済については、人々が考えているほど絶好調かどうかはわかりませんが、少なくとも景気が腰折れして日本からの輸入が激減するとは考えにくいでしょう。中国については、バブルの芽が拡大し始めているので心配だという声がありますが、今年についてはそれほど心配することはないと思います。
   バブルが崩壊して経済に悪影響を与えるのは、バブルが大きくなってから崩壊した場合であって、芽のうちに崩れてくれれば経済全体への悪影響は限定的です。中国のバブルの芽が年内に潰れるとすれば、それほど大きくなっていないでしょうから、それによって景気が大きく後退する心配は小さいでしょう。
   「在庫循環から考えて景気は○○ヵ月後に後退し始めるだろう」という予測をしている人を見かけますが、予測の根拠としてそれほど明確なものではないように思います。たしかに在庫の増減と景気の波には強い相関関係がありますが、多くの場合、在庫増減は景気循環の原因ではなく結果だからです。「需要は強いけれども、生産がそれ以上に増えたために在庫が増え、その結果として減産が行われて生産現場の残業が減り、残業代が減ったサラリーマンが消費を減らし、景気が悪くなった」という場合よりも、「生産が増え続けるなかで(金融引き締めや輸出の減少などで)需要が落ちてきたために在庫が増え、在庫調整のために企業が減産を行なって、ますます景気が悪くなった」という場合が多いのではないでしょうか。
     在庫の増減が景気の波を作るということは、かつてはあったようですし、現在でも理屈上はありえますが、景気の方向を変えるほど大きな在庫の変動が生じる可能性は最近では小さくなってきているように思います。在庫管理技術の進展、経済のサービス化などにより、景気変動のメカニズムが変化してきたということなのかもしれません。
   したがって、「在庫循環から見て、景気の谷から山までは平均○○ヶ月であるから、次の景気の山は○○ヵ月後である」といった予測は危険だということになります。いつ、どういう理由で需要が減り始めるのかを予想する必要があるというわけです。実際、90年代の米国では10年にもわたる景気拡大があったことを考えれば、「在庫循環は時計と異なって、一定の速度でまわり続けるものではない」ということが理解できると思います。
     そもそも、「景気の谷から山までの期間は過去の平均から考えて○○ヵ月程度である」という計算方法自体が問題です。平均を計算するときには「本来ならば景気拡大が続くはずだったのに急激な円高で景気が後退しはじめてしまった」というような場合を除いて計算しなければならないのですが、実際に計算しようとすると、「過去の景気拡大の多くが計算から除かれてしまい、バブル期のような参考にしたくないケースは除かれずに残っている」ということになりかねないからです。
  年内に景気が後退をはじめるとすれば、一番心配なのが急激な円高でしょう。為替相場の見通しほど当たらないものはありませんので、何とも言えませんが、筆者は急激な円高の可能性は小さいと考えていますので(拙稿 http://www.analyst-fp.co.jp/ja/economist/tsukasaki_index.html ご参照)、とりあえずこうした可能性もあまり心配しなくてよいと考えています。
株価も上がる?up
 

 株価は企業収益と金利によって決まるというのが株価に関するもっとも基本的な底流にある考え方です。もちろん実際の株価は思惑によって大きく動くわけですが、最後のよりどころとしては、やはり「企業収益がよさそうだから株を買おう」「金利が上がりそうだから株価も下がるだろう」といった要因を無視するわけにはいかないでしょう。
 そうした観点から現在の株価を見ると、バブル前と比べても株価が安いというのはやはり不思議な気がします。当時よりも企業収益は良好で金利ははるかに低いからです。もちろん、当時は日本経済の将来性というものに夢があった時代ですし、現在は少子・高齢化に伴う日本経済の将来不安がクローズアップされている時代ですから、その差は割り引くとしても、なお説明しにくいほど株価は安いと思います。
 バブル崩壊後の96年、2000年と比べても、現在の株価は安すぎると言えるでしょう。当時よりも企業収益はよく、金利も低いわけですから、理屈上は株価が20000円あたりまで回復しても何の不思議もないわけです。
日本の株価が上がらない理由としては、「日本経済が金融システム崩壊などによってメルトダウン(壊滅)してしまうリスクを考えると、日本株を本気で買い進める勇気が出てこない」といったところも大きいのでしょうが、こうした要因は徐々に薄れていくと期待されます。上記のように日本経済の底割れリスクが小さくなっていくとすれば、それを株式市場も認識するはずだからです。
 日本の株価が上がらない今ひとつの理由としては、「少子・高齢化で衰退していく可能性が高い国の株を積極的に買うわけにはいかない」という点が挙げられるでしょう。これについては急速に市場の認識が変化するとも思われませんが、方向としてはプラス方向の変化が起きるかもしれません。デジタル家電やアニメなど、日本にもミクロで見れば大変強いところがたくさんありますから、マクロ的な景気の回復を契機としてこうしたところを株式市場が評価しなおすとすれば、日本市場に対する悲観論が和らいでいくことが期待されるからです。

筆者は景気の予想屋であって、株の専門家でも何でもありませんから、相場観のようなものは持ち合わせていませんが、イメージとしては年内に15000円程度まであるのではないかという気がしています。

   正確には記憶していませんが、株の世界では「上昇相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、幸せの中で消えていく」という言葉があるそうです。昨年悲観のなかで生まれた相場が今年は懐疑の中で育つとすると、やや強気すぎると思われる数字を挙げておいた方が当たるのかもしれないと考えていますが、素人の生兵法は怪我のもとかもしれませんね。
  もっとも、景気の回復という観点から言えば、株価が上がりすぎることもリスクです。「日本経済が立ち直るまでは我慢してやろう」と考えている人々が、株価の上昇を見て「そろそろ我慢をやめてもよいだろう」と考える可能性があるからです。具体的には小泉政権が緊縮財政に乗り出すかもしれませんし、ブッシュ政権が円高誘導をはじめるかもしれません。こうしたことを考えると、15000円という株価は、景気にとってもっとも心地よい水準ではないかという気がしています。
  以上です。なお、上記は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。(2003.12.28記)
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