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景気の見方読み方
Oct.03 2003.10.01
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人民元について

はじめに
 

私は常々、日本政府の中国に対する外交姿勢が弱腰すぎると思っていますし、もっと主張すべきことをはっきり主張すべきだと考えています。しかし、人民元相場に関するかぎり、日本が声高に切り上げを要求することには納得がいかないものを感じます。以下、その理由について述べてみました。

日中貿易の現状up
 

 何年か前、ユニクロブームに象徴されるように中国製品が濁流のごとく日本に流れ込んできて、「このままでは日本中が中国製品に埋め尽くされてしまう」という恐怖心を与えたことがありました。
 
しかし、その後はユニクロブームの一巡もあり、中国からの輸入の伸び率はそれほど高くありません。また、為替相場が安定していることもあり、「中国からの輸入品がどんどん値下がりして国内メーカーが売値を下げざるを得ない」といった状況も、一時期よりは改善しています。
 したがって、国内の競合メーカーにとっての脅威も、日本のデフレに与える悪影響も、現在では一段落していると言えるでしょう。
 ここで貿易統計を冷静に眺めると、第一に「中国に対する赤字よりも香港に対する黒字の方が大きい」ことがわかります。香港向けの輸出がほとんど香港から中国に再輸出されるものだとすると、実質的には日本と中国との貿易は日本側の黒字だということになります。
 また、前年と比べた伸び率で見ても、日本の「中国+香港」に対する輸出の伸び率の方が輸入の伸び率よりも高く、黒字額は拡大しています。
 ようするに、日本全体としてみると、中国との貿易は日本の景気にプラスに働いているということが言えるでしょう。少なくとも昨年と今年を見る限り、「中国経済は日本経済の悩みの種だ」とは言い得ないわけです。むしろ、素材の市況が回復してデフレを脱却できたのは中国のおかげだということかもしれません。
 マスコミには、中国製品からの輸入に悩んでいる人の声が大きく採りあげられ、中国向けの輸出で潤っている人の声はあまり登場しないので、報道だけを聞いていると、日本経済全体としても中国との関係で不利益を被っているように感じる場合がありますが、そうではないということは正しく理解しておく必要があるでしょう。
 「世界最大の貿易黒字国が、自国との貿易で赤字を計上している国に向かって通貨の切り上げを要求している」という姿は、ほめられたものとは言えないでしょう。

人民元は割安かup
 

 「人民元は人為的に割安に放置されているから、これを切り上げさせる必要がある」という議論をする人がいます。その根拠としては、「購買力平価からみると割安だ」ということのようですが、どうなのでしょうか。
 購買力平価の計算方法には、大きく分けて二通りあります。一つは別名「ハンバーガー平価」と呼ばれる考え方で、中国の物価水準と米国の物価水準が等しくなるような為替レートが適切であるという発想に立つものです。これによると、「中国と米国でハンバーガーの値段が等しくなるように為替レートが決まるべきだ」というのですが、その理由がわからないのです。我々が払うハンバーガー代金の少なからぬ部分が従業員の人件費や店舗の土地代などです。これが中国と米国で等しくなる必要があるのでしょうか?実際には「ハンバーガーだけではなく、中国と米国の生活費が等しくなるべきだ」ということになるのでしょうが、どうして中国と米国の理髪料金が等しくなる必要があるのでしょうか?
 購買力平価に関する今ひとつの考え方は、インフレ率格差分だけ為替が調整されるべきだという発想に立つものです。過去のある時点から米国の物価が2倍になり、中国の物価が変化していないとすれば、中国製品の競争力が増しているはずだから、人民元は2倍に切り上がるべきだということのようです。ここまではわかるのですが、では「過去のある時点」の為替レートが「適切であった」ということが何故わかるのか、これも明確な説明はなされていないようです。(現在のレートが適切で、過去のレートが不適切だったのかも知れないわけです)。
 そもそも「妥当な為替レート」などというものがあるのでしょうか?あるとして、どうやったらわかるのでしょうか?円の妥当なレートはいくらなのでしょうか?
 日本は内外価格差によってサービスの価格が高いと言われています。したがって、日本の生活費(テレビの値段、理髪の料金などの平均)が米国と等しくなるためには、今よりも円安になる必要があるでしょう。一方で、日本の物価上昇率は米国よりも低いので、物価上昇率格差で考えれば円は徐々に高くなっていく必要があるでしょう。どちらが正しいのでしょうか?
 さらに頭が混乱するのは、「経常収支が均衡するような為替レートが妥当な為替レートだ」という考え方です。1995年に1ドル80円であったときも、日本の経常収支は黒字でした。しかし、「1ドル70円が妥当な円レートだ」と考えている人はほとんどいないでしょう。
 このように、妥当な円レートがいくらであるかもわからないのに「妥当な人民元レートは○○で、それに比べて現在の元は割安であるから、切り上げるべきだ」と主張することはいかがなものかと思います。

人民元切り上げは中国の利益かup
 

 エコノミストの中に、人民元の切り上げは中国の利益になるという人がいるようです。「経常収支が黒字なのに人民元相場を固定しようとすると巨額のドル買い介入を強いられ、ドル購入の対価として支払われた人民元が市場に放出されるため、世の中に出回る人民元が増えすぎて(マネーサプライが増えすぎて)インフレになるおそれがある」という理由のようです。筆者は中国についての知識があまりないので、実際のところはわかりませんが、この議論はいかにも本末転倒なように思われてなりません。
 マネーサプライが増えすぎた場合にこれを抑制する手段はいくらでもあるでしょう。たとえば中国の証券市場が未発達で国債の売りオペが出来ないのであれば、預金準備率を引き上げてもよいし、国有銀行に国債を購入させることも出来るはずです。中国が為替介入とこうした措置を同時に行えば、特に大きな問題が生じるとも思われませんから、人民元を維持しようと思うならば、比較的簡単に維持できるはずでしょう。
 一方、人民元を切り上げれば、安さを売り物にしている中国製品の競争力が落ちることによって輸出が減り、需要不足による失業が増えますし、極端な場合には中国経済の発展の源である外国からの直接投資が滞る可能性さえも見込まれます。外国企業にとってみると「人民元が高くなると中国で生産することのメリットが薄れるから投資をやめよう」ということになるからです。また、中国が輸入品を安く(人民元建でみて)買えるようになることで物価は下落し、ようやくデフレから脱却しつつある中国にとって、ふたたびデフレに陥る危険をおかすことになるのではないでしょうか。

失業の輸出合戦up
 

 経済学者が「為替レートは市場に任せるべきで、人為的に介入することは好ましくない」というのはわからないでもありません。彼等は完全雇用の世界を前提に話をするので、比較生産費説的な理屈(それぞれの国が得意なものを作って貿易すればよい)が成り立つからです。「日本人は衣料品作りなどは中国人にまかせて、ハイテク製品作りに専念しなさい」というわけです。
 しかし、現実の世界では日本も中国も米国も失業やデフレ(またはそのリスク)に悩んでいて完全雇用からはかけ離れたところにあるため、学者が言うほど話は簡単ではありません。各国とも「得意なものも不得意なものも我が国でつくり、外国に両方を輸出することで失業問題を解決しよう」と考えるからです。日本について言えば「ハイテク製品はもちろん作るが、日本人全員がハイテク製品を作っても売れ残ってしまうだろう。したがって、ハイテク産業に雇ってもらえない人が出てくるから、その人は失業しているよりも衣料品を作っている方がよいに決まっている」というわけです。
 インフレが心配な国や、景気が過熱していて失業よりも人手不足が問題となっている国であれば、自国通貨が高くなることが望ましいと考えるでしょうが、デフレや失業が心配な国にとっては「自国通貨は安ければ安い方が望ましい」ということになるわけです。現在は世界的にインフレの心配が遠のいていますから、各国が為替の切り下げ合戦により失業を輸出しようと考えることは何も不思議ではありません。
 もっとも、各国とも自国のエゴイズムをむき出しにしたくないため、カムフラージュした議論が展開されているのが現状でしょう。日本は「本当は思い切った円安にしたいけれど、国際的な批判を受けるのがこわいので、円を安くするかわりに人民元を高くして相対的に有利な地位を確保しよう」と考えるでしょう。米国は、基軸通貨国ですから1ドルは1ドルであって、自国通貨を切り下げるわけにいきません。そこで人民元が割安であるという議論を展開して中国に切り上げを求めているわけです。
 中国にしてみれば、「自国通貨の価値は自分で決める。他国の指図は受けない」ということでしょう。ニクソンショックの時の日本と異なり、現在の中国は「自国の行動が世界経済に迷惑になっているのか否かということよりも主権国家として自国の利益を優先する」ことが可能な立場にありますから、簡単には方針を変えないでしょう。
 なお、中国の経常収支黒字はこのところ急速に縮小しつつあり、もはや世界に迷惑をかけているとは言えないという見方もあります。米国に対しては大幅な黒字でしょうが、日本に対しては冒頭に見たように赤字だとも言えるでしょうし、原油の輸入にともなって産油国との間では大幅赤字を計上しているでしょう。こうしたこともあり、中国から見ると他国の要求が「エゴイズムに基づき無理難題を押し付けようとしている」ように見えるのではないでしょうか。
 なお、日本としては米国と組んで中国に失業を輸出しようとしていますが、G7の声明などをみると、先進各国は日本と中国を標的と考えているようです。日本としては、米国は味方だと思っているかもしれませんが、米国の大統領選挙が近づくにつれて「中国がダメなら日本だけでも」という考え方が強まっていく可能性は充分にあるでしょう。戦略として、中国と組んで「為替への取り組み姿勢は各国に任せる」「為替の安定が望ましい」という方向の議論をしておいた方が安全だということも、戦略として考慮しておくべきではないでしょうか。

長期的な脅威?up
 

 昨今の経済関連の統計を見る限り、中国経済が日本経済にとって重大な脅威であるという感じはしてこないのですが、それでも中国脅威論は根強いのが現実です。一つにはユニクロブームの記憶が鮮明だからでしょうが、さらに重要なのは中国がこのまま発展を続けて日本経済が追い抜かれてしまうという恐怖でしょう。
 中国がこのまま発展を続けていくのか否かはわかりませんが、高度成長期の日本に比べると労働力の制約がない点が利点となっていますから、可能性としては発展を続け、日本の経済力を抜き去ることもありうるでしょう。
 しかし、これを中国の脅威だと言って、人民元を切り上げさせることで中国の発展を押さえつけようという考え方には違和感を感じます。現在の日本人が豊かなのは、これまで勤勉と倹約に努めてきたからであることを考えれば、ハングリー精神から懸命に勉強したり働いたりしている中国人が豊かになるのは当然のことだと言えるからです。
 そもそも、中国が発展して日本を抜いたとしても、日本人の生活レベルが今の中国人の生活レベルまで下がるというわけではありません。中国人の生活レベルが日本人の生活レベルに追いつき追い越すというだけのことです。それほど脅威に感じる必要はないでしょう。政治的には中華思想を持った隣国が強大になることの脅威があるかもしれませんが、少なくとも経済面ではそれほど気にする必要はないようです。(限りある資源を中国が大量に使うことで資源の価格が上昇して日本人にとって資源の入手が難しくなるといったことはあるかもしれませんが、それは世界全体が豊かになっていく際に避けて通れない問題ですから、中国の脅威という問題とは別の問題として議論されるべきでしょう)。
 ここまで「日本が真面目に走り続けても中国に追い抜かれる」という可能性について考えてきましたが、じつは、最近の日本人の若者を見ていると、「中国が発展して日本を抜いていくという可能性よりも、日本人が勤勉さを失うことで日本経済が自壊していく可能性の方が大きいのではないか」という気がしています。他人のことをとやかく言う前に、自分がやるべきことをやるのが先ではないかと思うわけです。日本の若者たちに中国人と同じようなハングリー精神を持てと言っても難しいのでしょうが、せめて欧米の若者並みには勤勉でいて欲しいと思うのは贅沢なのでしょうか。

     
  以上です。なお、上記は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。Oct.2003記)
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