| はじめに
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先月、「構造改革は思ったほど痛くなかった」と記したところ、私の敬愛するエコノミストである佃佳志氏が寄稿してくれましたので、ご紹介します。 |
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佃です。先月塚崎氏が構造改革の痛みは思ったほどではなかったと書かれていますが、私も同感するとともに、これは非常に重要なポイントであると思い、寄稿させていただきました。 |
構造改革を巡る同床異夢 |
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日本経済の構造改革が必要であることは、総論としては全員が賛成していると考えてよいでしょう。もっとも、その進め方やペースについては、短期集中型を指向する人と景気を見ながら慎重に進めるべきだとする人がいるわけです。じつは、表立って主張する人はいないようですが、今ひとつ別の道を考えている人がいるという仮説を立ててみましょう。それは、革命家とでも呼ぶべき人々です。私なりに、かれらの主張を推測してみましょう
「明治維新と敗戦で、日本経済は二度にわたり、過去の既得権者を一掃することが出来た。これが日本経済が活力を持って発展してこられた真の理由である。しかるに今、日本経済は既得権者が抵抗勢力となり、まっとうな改革が行われず、経済は停滞し、人心も倦んでいる。したがって、革命によって既得権者を一掃することが不可欠である。
もとより暴力革命は望ましくもないし可能でもないが、道がないわけではない。経済的な大混乱を巻き起こし、それにより既存の勢力をすべて消滅させ、外資と新進気鋭の若者に新しい国を作るチャンスを与えるのだ。老木に覆われた森を焼き払えば、若草が勢いよく生長する活発な大地が蘇るであろう。
戦略としては、構造改革派の仮面をかぶる必要があろう。民主国家において、正面からこうした政策を掲げても、抵抗勢力に潰されるに違いないからである。
改革を短期的かつ徹底的に実行すると主張しよう。緊縮財政を徹底し、不良債権処理の名目でダメ企業をすべて一気に退出させ、規制を徹底的に取り払うのだ。さすれば経済は大混乱に陥るであろう。景気は一度悪化をはじめると、生産減→雇用減→所得減→消費減→生産減といったスパイラルがはたらき、公共投資で景気を刺激しない限り悪化を続けるであろう。また、不良債権処理は失業を増やして景気を悪化させ、新たな不良債権を生むことで景気悪化のスパイラルに加担するであろう。さらに、不良債権処理によって大量の不動産が競売にかけれれば地価は暴落し、健全な企業も資産を時価評価すれば債務超過という状態になるので、こうした企業も整理してしまうことにしよう。さすれば更なる不況と地価暴落が続くであろう。景気が悪化すれば財政赤字は拡大するであろうから、財政の危機を訴えて増税をしよう。さすれば景気は一層悪化するであろう。
こうして経済が大混乱に陥れば、銀行も企業もすべて債務超過に陥るであろうから、すべて国有化し、既存の勢力をすべて整理した後に、銀行と企業を外資と意欲ある若者に売却するのだ。さすればすべてがうまくいくであろう。日本は豊かな国であるから、2〜3年恐慌が続いたとしても、飢え死にする国民は少ないであろうし、長い目で見て活力のある国になるための対価であると考えれば、こうした処置がもっとも好ましいといわざるを得ないのだ」
私の周囲の人々にこうした主張を聞かせると、意外なほど多くの人が「一考に価する」といったポジティブな反応を示します(塚崎氏は別ですが)。そうしてみると、改革派を名乗っている人々のなかに革命論者が少なからず存在していても不思議ではありません。
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革命家の挫折 |
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しかし、現実は革命家が夢見た姿とは大きく異なった推移を見せています。国債発行30兆円の枠も放棄され、ビルトイン・スタビライザーが景気を底支えしている上に、倒産件数も減少しているという現状は、あきらかに革命家の目指したものと異なっています。そして、彼らは最後のチャンスである「りそな銀行国有化」に際しても、ダメ企業の淘汰を徹底することができなかったのです。
小泉政権発足から間もなく、「骨太の方針」が発表されました。その根幹をなす考え方は「市場に任せておけば資源配分は適正化されるはずなので、そうした力がはたらくことに対する障害物を取り除いてやれば経済は活性化する」というものです。
これを読むと、不良債権の処理は銀行を健全化させることのみならず、ダメ企業を退出させることになるので、是非とも推進しなければならないと書いてあります。「ダメ企業を整理すれば、そこに勤めていた労働者が成長性の高い企業に雇われるようになるので、経済が活性化する」という基本認識のもと、銀行が不良債権の処理を怠ることはダメ企業を延命させることで経済活性化の「障害物」になるという主張が読み取れます。
銀行の健全化が主目的であれば、りそな銀行に関しては公的資金を注入しただけで目的の大部分を果たしたことになります。あとは注入した公的資金が返済できるようにりそな銀行の収益力を高めるための措置を講じればよいわけです。しかし、ダメ企業の淘汰・清算が目的なのであれば、そこまで踏み込まなければ目的を達したことにはならないでしょう。そして、後者に力点をおけば、革命家の夢が実現する可能性は高まるはずです。
もちろん、りそな銀行の収益力を高めるためには不良債権の処理が必要ですが、これはダメ企業をすべて清算しようという処理とは相当異なったものとなります。それは、企業の返済能力が生きている企業と清算される企業で異なるからです。
100億円借りている企業が持っているのは90億円で取得した新品の工場だけだとします。同社の決算は毎年1億円の赤字だとします。これは典型的なダメ企業であって、債務超過である上に収益が回復する見込みがないわけですから、革命家に言わせれば、清算すべきということになるでしょう。しかし、銀行の収益を最大にするためには、同社を清算すべきではありません。
同社を清算すれば、新品の工場でも90億円では売れません。買ったばかりの新車でも売ろうとすれば安く買い叩かれるでしょう。工場の場合は、同業他社で設備を拡張しようとしている会社がたまたまあれば別ですが、そうでない場合にはスクラップにするしかなく、二束三文で買い叩かれるのが通常です。したがって、銀行の回収額は非常に少なくなってしまいます。
一方で、資産90億円の工場が10年で使えなくなるとして、「会社が生きていれば、90億円の工場は壊れるまでの間に90億円分の働きをするので、そこから10年間の赤字分である10億円を引いた残りの80億円を銀行に返すことが出来る」わけです。難しい言葉で言えば、「毎年9億円の減価償却費が生じるが、この部分はキャッシュフローとしてはプラスに出てくるため、銀行への返済の原資となり得る。毎年の損益が1億円の赤字であれば、差し引き8億円ずつ10年間にわたり銀行に返済できる」ということになるわけです。
今回のりそな銀行の国有化に際しては、「りそな銀行が収益をあげて公的資金を返済できるようにする」ということが最優先課題とされましたから、こうした会社は工場が使えなくなるまでは生き延びることになったわけです。
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改革派の勝利 |
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小泉内閣の改革路線は、当初の意気込みから見ると物足りない感じは否めませんが、少しずつ、しかも着実に進んでいます。少なくとも、小泉政権ではなかった場合のことを想像してみれば、その差は歴然としています。不況下でも公共投資は減少し、不良債権の処理は曲がりなりにも進み、ペイオフは曲がりなりにも解禁され、経済特区は曲がりなりにも導入され、道路公団は曲りなりにも改革が行われつつあります。
改革の痛みは当然ありますが、景気が腰折れするほどではなく、結果だけをみると「これ以上改革を加速すると景気が腰折れしてしまうというギリギリのスピード」で改革が進展しているのだと言えるでしょう。
民間部門に目を転じれば、株式の持ち合いは急速に縮小していますし、企業のリストラが進んで最高益が視野に入ってきた一方で、雇用者所得は減っていても消費は腰折れしていないわけです。こちらも「これ以上企業部門の構造改善を急ぐと消費が腰折れしてしまうというギリギリのスピード」で改善が進んでいると言えるでしょう。
マクロの景気を腰折れ寸前のところで底堅く推移させるということは、誰かが意図的にコントロールしようとしても出来るものではありません。とくに今回のように、改革派と抵抗勢力の綱引きが行われている状況下でこうした状況が生じているということは、真に幸運なことであると言えるでしょう。
改革派にとってみれば、改革の進展が遅くて不満に感じている人も多いのでしょうが、これ以上改革のスピードが上がって景気が悪化すれば、選挙で敗退するか抵抗勢力が結集するかによって、小泉政権が倒れかねないわけですから、現状が最高にうまく行っているのだと思って満足する必要があるでしょう。
改革は一日にして成らず。過大な期待を持たずに、決してあせらずに、現状のペースで淡々と改革が進んでいけば、結果として改革派が守旧派と革命派に勝利したということになるように思います。平和主義者で革命に抵抗を覚える筆者としては、是非そうあって欲しいものだと願っています。 |
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今回は以上です。なお、上記は佃個人の見解であり、佃の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。
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