jun.03
2003.6.02
米国のデフレ懸念
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イラク戦争後も景気は回復せず
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景気回復シナリオに黄信号
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バブル崩壊後の緩くて長い下り坂
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高まりつつあるデフレの懸念
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政策に過剰な期待は禁物
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はじめに
ある雑誌に米国経済のデフレ懸念について寄稿したので、今回はこれをご紹介します。
概況
過去数ヶ月にわたり、米国で悪い経済指標が出るたびに「イラク危機の影響で」という解説を聞かされつづけてきたが、イラク戦争が終わっても景気が回復する兆候はほとんど見られていない。あらためて米国経済がバブル崩壊後の長い下り坂から脱していないことを認識せざるをえないが、さらに悪いことに、ここにきてデフレを懸念する声が急速に高まりつつある。
ひとたびデフレに陥ると、金融緩和の効果が薄れ、景気の回復が大きく遠のくことになりかねない。米国が日本と同様にデフレの泥沼にはまってしまうのか否か、今後半年が正念場と言えるのかもしれない。。
イラク戦争後も景気は回復せず
イラク戦争が人々の予想以上に短期間で終結したにもかかわらず、米国の景気には回復の兆しがほとんど見られていない。4月の鉱工業生産は前月比マイナスで、設備稼働率も一層の低下を見せている。消費者マインドは回復したものの、4月の小売売上高は前月比マイナスで、実際の消費行動に結びついていない。雇用情勢を見ても、4月の雇用者数が引き続き減少したのみならず、5月にはいっても失業保険新規申請件数が高水準を続けているなど、改善の兆しが見られない。
こうしたなかで、5月のFOMCは「今後数四半期の景気は上がるか下がるか半々の確率」とした上で、デフレの懸念に言及した。そして、その直後に発表された4月の物価統計は生産者物価、消費者物価ともに前月比マイナスで、エネルギーなどを除いたコア物価指数も生産者物価が大幅マイナス、消費者物価が前月比ゼロとなるなど、デフレ懸念を大いに増幅するものであった。
我々は過去数ヶ月にわたり、悪い経済指標が出るたびに「イラク危機の影響で」という解説を聞かされつづけてきたが、そうではなかったのである。えてして世の中に流布している見解というのは聞き手に耳障りがよく、深い考察なしに「なんとなく納得した気分にさせてくれる」ものが少なくないが、今回も例外ではなかったということのようだ。
景気回復シナリオに黄信号
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米国ではバブル崩壊後に金融緩和によって住宅投資と個人消費が刺激され、これが景気を底支えしてきたが、ここにきて住宅投資と個人消費に息切れの兆候が見られはじめており、景気がふたたび後退する可能性が視野にはいってきたと言えよう。主に懸念されるのは以下の3点である。
住宅投資は、低金利により高水準を続けており、住宅価格も上昇を続けているが、ここへ来て住宅投資の勢いが鈍りはじめたようにも見え、住宅価格の上昇率も低下しつつある。需要が先喰いされているとすれば、今後の住宅投資の先行きが懸念されるところである。
金融緩和によって住宅価格が上昇し、住宅の担保価値が増したため、米国の消費者は住宅ローンを借り増すことによって消費水準を維持してきた。これが株価下落による逆資産効果にもかかわらず消費が底堅く推移してきた主因であると言われている。しかし、ここにきて住宅価格の上昇に頭打ちの兆しが見られはじめており、住宅価格が下落に転じるようなことがあれば、こうした動きが逆効果となる可能性も否定できないであろう。
個人消費を支えてきた今ひとつの要因は自動車各社の積極的販促策である。同時多発テロ後にカンフル剤として導入された制度が現在まで持続しているものであるが、このところの販売統計には息切れの兆候が明確化しつつある。
足許で長期金利が更に一段の低下を見せていることから、こうした懸念が直ちに実現するおそれは小さいが、これまでの大幅な金利低下による効果が息切れしはじめていることを考えると、今次金利低下の効果も限定的である可能性が高く、半年後には個人部門の息切れが鮮明となっている可能性もあろう。
個人部門が減速の兆しを見せ始めているなかで、景気回復を牽引することが期待されている設備投資を見ると、回復の条件が整っているとは言い難い。設備稼働率は低水準、オフィスビル空室率は高水準、企業家マインドは今ひとつ、企業収益は回復しつつあるものの高いとはいえない水準、という状況では、早期の回復を期待することは難しいであろう。タイミング的に個人部門の息切れの方が先に実現してしまうことで、景気全体が下降局面に陥ってしまう可能性が高まりつつあると言えよう。
バブル崩壊後の緩くて長い下り坂
思えば90年代末にかけて、バブルを謳歌していた米国経済は、「株価が高いから老後の蓄えは充分であり、貯蓄率が低くても気にならない」「株価が高いから資産効果で景気がよく、企業収益も高水準だ」「企業収益も好調だし高い成長も見込めるので株価が高くても気にならない」「米国経済の成長性に着目して海外から投資がはいってくるから経常収支が赤字でも気にならない」という状況にあった。こうした状況は永続不可能とは言えないが、「不安定な均衡」の状態であり、山頂に止まったボールのように、ひとたび均衡が崩れると加速度的に均衡状態から乖離していくことが運命づけられていたと言えるだろう。
こうしてみると、現在は「高い株価、低い貯蓄率、大きな経常収支赤字」という「不安定な山頂の均衡」から「普通の株価、普通の貯蓄率、小さな経常収支赤字」という「安定的な谷底の均衡」に移行しつつある途上であると考えておくべきであろう。グリーンスパン議長がソフトランディングを目指して山の斜面を緩やかにしたために、新しい均衡に到達するまでに時間を要しており、今後も着実に斜面を下っていく可能性が高いと考えておくべきではなかろうか。
これからは、バブルの後遺症がタイムラグを経て本格化してくるかもしれない。たとえば株価が下がったことによる逆資産効果は今後顕在化してくるだろう。これまでは、「株価の下落は一時的なものであり、遠からず戻るだろうから、老後の蓄えについて心配することはない」と考えていた消費者が、時間の経過とともに「株価はもう戻らないかもしれないから老後の蓄えに励もう」と考えるようになるからである。雇用情勢についても「遠からず失業率は下がるだろう」という考え方が、時間の経過とともに「雇用情勢の厳しさは続きそうだ」という考え方になれば、おのずと財布の紐が締まってくるのではなかろうか。
金利についても、現在の金利が異常に低いと考えればこそ「急いで借りて住宅を買おう」と考える人が多いわけで、時間の経過とともに「金利は今後も低いだろう」という認識が広まれば、こうした動きも下火になると思われる 。
高まりつつあるデフレの懸念
米国の物価上昇率はすでに相当低下している。消費者物価のコア(エネルギー関連財などを除いたベース)は、前年比こそ1%台の上昇を見せているが、前月比で見れば過去2ヶ月横ばいであり、まさに下落をはじめる寸前の状態であるようにさえ見える。
財についてはすでに下落している一方で、サービス価格の上昇が全体としての物価の下落を防いでいるわけであるが、これは賃金の上昇に負うところが大きい。財にくらべてサービスの方がはるかに人件費に頼る部分が大きいなかで、賃金は雇用情勢の悪化にもかかわらず上昇を続けているからである。
しかし、今後は賃金上昇がとまり、下落に転じる可能性も小さくないであろう。労使双方が共有している「雇用情勢が遠からず改善する」との認識が、時間の経過とともに「雇用情勢は当分改善しないだろう」という認識に変化していくことが予想されるためである。
今後景気が減速に向かうとすると、財もサービスも需給が緩和して価格に下落圧力がかかるであろう。加えて賃金の上昇が止まる(または下落に転じる)とすれば、物価が緩やかに下落していくことは想像に難くない。
最近のドル安が輸入物価を上昇させるという考え方もあろうが、デフレを緩和する力としてはほとんど期待できない。国際的な取引はドルで行なわれており、米国にとって1ドルは1ドルだからである(たとえば原油の国際価格が一定だとした場合、日本にとって円安は原油価格上昇要因であるが、米国にとってドル安は原油価格上昇要因ではない)。
ひとたびデフレに陥ると、これまで米国経済の成長の原動力と言われていた「生産性の向上」が一転して「望ましくないデフレ促進要因」となりかねないことにも留意が必要である。「高い生産性で安く生産できたならば値下げをして売上を保とう」という企業行動が物価をますます下落させるからである 。
政策に過剰な期待は禁物
従来の米国経済は、需要超過型経済であって、金融の引き締め方を弱めれば需要はいくらでも湧き出てくるというものであった。したがって、景気の調節としてはインフレにならない程度に金融の引き締め方を強めたり弱めたりしていればよく、財政政策は必要とされなかったのである。喩えれば、「浮力の強い風船であるから紐の引き方(金融政策)を調節すれば適度な高さが保てるのであって、風船を下から扇ぐ(財政で景気を刺激する)必要はなかった」ということであろう。
実際、今次局面でも公共投資による景気刺激は検討されていないし、減税も「来年に金持ちがメリットを受ける」という選挙対策中心のもので、景気対策としての意味合いは薄いと言えよう。
しかるに、今次局面においては、バブルの後遺症と物価の下落が重なって、米国経済が一時的に日本的な需要不足型経済となっている可能性がある。風船の浮力が落ち、下から扇がないと適度な高さが保てない状況に陥り始めているかもしれないのである。これまで5%以上の大幅な金利引下げを行なっても景気を回復させることができなかったわけで、仮に今後追加的に1%強の金利引下げ(=ゼロ金利政策)が行なわれたとしても、それが景気を回復させるという保証はどこにもないのである。
需要不足型経済においては、金融政策の効果が非対称的であることに留意が必要である。日本では従来から「金融政策は紐のようなもので、引くことは出来ても押すことは出来ない」と言われているように、「借りたい人に貸さないことは出来ても、借りたくない人に借りさせることは出来ない」からである
「中央銀行が金融を緩和すれば資金が世の中に出回って景気が良くなる」という人が少なくないが、需要不足経済においては世の中に資金を出回らせることがそれほど簡単ではないのである。現に米国でも、企業の資金需要が弱含みを続けており、このままいけば「喉の渇いていない馬に水を飲ませることは難しい」といった状況に陥る可能性も懸念されるところである。
「インフレが貨幣的な現象なのと同様、デフレも貨幣的な現象である」という人もいるが、これも需要不足経済における非対象性を考えると、慎重な解釈が必要である。仮に貨幣が世の中に出回ったとしても、人々のデフレ期待が払拭されない限り、貨幣の流通速度が低下するだけで物価の上昇にはつながらないからである。「貨幣を減らせばデフレになる」としても、それは必ずしも「貨幣を増やせばデフレが止まる」ということを意味してはいないのである。
こうした中にあっても、政府または中央銀行が株式や不動産を大量に購入するというところまで踏み込めば、資産効果などから景気になにがしかのプラス効果は見込まれよう。もっともこれは、中央銀行の政策としては疑問であろう。
「市場への資金供給が目的ならば国債などを買えばよいのであって、それ以外のものを買うのは株価地価維持策という財政の仕事である」という棲み分けが望まれるところである。
米国経済に寄稿した原稿は以上です。
米国の経済に関しては、米国人が強気、日本人が弱気というコントラストがあるようです。米国人はバブル期の余韻から「米国経済は世界一だ」という思い込みが続いていること、日本人は、そうした思い込みも含めて自分たちが10年前に経験したことを米国がなぞっていると思っていること、といった違いなのかもしれません。その限りでは日本人の方が冷静かつ客観的にものを見ているようにも思いますが、気をつけなければならない点が二つあります。
ひとつは、米国人と日本人の国民性の違いを十分考慮しないと消費などは予測できないということ、今ひとつは「90年代に米国の勝ち誇ったような天狗状態を苦々しく思っていた日本人が、米国が苦境に陥ることを深層心理で望んでいるから、弱気な予想をたてがちだ」という可能性です。私も、深層心理にそういう邪悪な期待があるのかもしれませんので、それが予測を誤らせることがないように気をつけているつもりです。
ところで、日本経済は予想外の底堅さを見せています。構造改革の後退によって「痛み」が和らいでいるのでしょうか。りそなへの「寛大な御沙汰」をみると、先行きについても景気失速の懸念は和らぎつつあるのかもしれません。近いうちに、日本経済についても考えてみたいと思います。
以上
今回は以上です。。なお、上記は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示す
ものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。 (Jun.2003記)
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