| はじめに
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おかげさまで、「初心者のためのやさしい金融」は売れ行き好調です。さて、4月に新人向けの講習で、経済記事の読み方について話をしたので、内容をご紹介します。
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| 犬が人を噛めば |
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「人が犬を噛めばニュースになるが、犬が人を噛んでもニュースにならない」と言われます。このことは、世の中の流れを理解するためにはニュースにならないことを読み取る必要があるということです。「不況だというけれど、設備投資を積極的に行なっている会社がたくさんある」という記事を読んで「設備投資は好調だ」などと考えてはいけません。設備投資に慎重な「普通の企業」は記事に出ないからです。設備投資の場合はマクロの統計があるので、正しい姿を把握するために、機械受注統計やGDP統計の設備投資部分を見ましょう。 「年俸制を採用している会社がたくさんある」といった記事の場合は、マクロの統計がないので、各種アンケート調査などで裏をとらないと、「年俸制が世の中の常識となりつつある」のか否かがわからないので、注意が必要です。
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| 黙っている人の話 |
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記事に出ないことを読むという意味では、黙っている人がいる可能性も考えてみる必要があります。一般に、日本人は「儲かりますか」と聞かれて「とんでもない」と答える人種ですので、困っている人は声をあげ、困っていない人は黙っているという傾向があります。 円安になると輸入原材料の価格が上がって経営が苦しい会社が「何とかして欲しい」と叫びますが、円安で儲かっている輸出企業は黙っているでしょう。円高になると輸出企業は「何とかして欲しい」と叫びますが、輸入原材料が値下がって儲かっている会社は黙っているでしょう。記事だけを読んでいると、円高も円安も日本経済にマイナスだと思われますが、そんなはずはないわけです。 銀行に融資を断わられた企業は「貸し渋りだ」と叫ぶでしょうが、銀行から融資を受けられた企業は黙っていますから、気をつけないと、まるで日本中の企業が貸し渋りにあっているような印象を持ってしまう可能性があるわけです。 大衆は黙っているということも言えるようです。たとえば農産物の自由化が話題に上ると、損が見込まれる農民が大声で反対する一方で、受益者である消費者が推進運動を展開することは稀でしょう。各々の消費者が受ける利益は小さいので、わざわざ声をあげるほどの関心事項ではないからです。
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| 発言者の意図と立場 |
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戦争の時の両陣営の発言や情報リークなどが意図を持って行なわれていることは、情報の受け手もわかっていますから、ある程度身構えて読むでしょうが、それ以外にも意図を持ってなされる発言があるかもしれないので、注意が必要です。 政府首脳が「景気がよい」と言えば、自分の業績を宣伝する目的かもしれません。一方で政治家が「景気が悪い」と言えば、地元に公共投資を誘致するための戦略かもしれません。 発言者の置かれている環境も影響するでしょう。黒字企業の社員は「日本経済の見通し」について、赤字企業の社員よりも楽観的な見方をする場合が多いでしょう。 発言者の視点によっても見方が異なります。アリの視点では人の足跡さえも「大きなうねり」に見える一方で鳥の視点では同じものが「まったいら」に見えるのといったイメージです。たとえば円相場が100円と105円の間を往復しているとすると、為替ディーラーにとっては5円という幅で為替が上下すれば重要な出来事ですから詳細なコメントをするでしょうが、エコノミストが景気を見る上ではほとんど気になりませんから「為替はおおむね横ばいであった」と考えて無視するかもしれません。
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| 降れば洪水止めば旱魃 |
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世の中には大げさなことを言って注目を集めることが好きな人がいるものですが、エコノミストの中にもそういう人が大勢います。目立つ発言をすることでマスコミに登場することを目的としているような人も少なくありませんから、その手の人の発言には気をつける必要があります。 たとえば「雨が降ったら洪水の不安を説き、止んだら旱魃の不安を説く(景気が回復し始めればインフレ懸念を説き、インフレがおさまればデフレ懸念を説く)」「海の水を一口飲んだから水位が下がるだろうと主張する(日銀が金利を0.25%引き上げたから景気が腰折れすると主張する)」「夏来たりなば春遠からじと説く(設備投資が増え始めたから設備過剰が心配だと説く)」といったイメージでしょうか。
目立つためには、というよりも日本人の読者を惹き付けるためには、楽観的なことよりも悲観的なことを説く方がよいようです。週刊誌は「大地震のおそれは小」と書くより「大地震のおそれあり」と書く方が売れそうですものね。 余談ですが、エコノミストが目立つための戦略として「止まった時計」という方法があります。いつでも「景気の先行きは暗い」と言い続けるのです。景気が絶好調の時は、景気に悲観的なエコノミストが他にいませんから、景気討論会などには必ず呼ばれて有名になれます。そうこうしているあいだに、景気はいつかは悪化しますから、その折には「景気後退を予測した」と自慢することができます。景気が悪い時にも「来年は更に悪くなる」と言っていれば、マスコミに出続けることもできるでしょう。 目立つためというわけではありませんが、筆者にも似たような経験があります。筆者がエコノミストの卵であったバブル期、「日本の景気には一点の曇りもない」というレポートを書いた所、先輩からアドバイスをもらいました。「日本の読者は、楽観的な文章を読むと考えの浅い脳天気な筆者だと思う傾向があるので、最後の一行は何か懸念を書きなさい」というのです。バブル期で景気には本当に懸念がなかったので、私はその後のレポートには「しかし、日米貿易摩擦が激化する可能性には留意しておく必要があろう」と付け加えることを習慣にしたのでした。 新聞記事やエコノミストレポートを読む際には、こうした書き手の事情を推測しながら読むと何か見えてくるかもしれません。
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| 記事のレベル |
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一国の政治のレベルは有権者のレベルに依存するということのようですが、マスコミ報道のレベルも多分にそういう面があります。日本人は国際政治には全く弱いのですが、日本のマスコミも国際政治には全く弱いといった具合です。「北朝鮮による拉致の被害者が帰国してから屋根の雪おろしをした」といった報道が北朝鮮の核開発疑惑よりも大きく採り上げられるのも、マスコミのせいばかりではないようです。 経済についても、新聞記事やエコノミストレポートなどが「読者に耳障りのよい」内容を意図している例が少なくないようです。たとえば、最近あまり見かけませんが、「構造問題があるから日本経済はダメなんだ」といった論調が一時期流行しました。これは、「構造問題」がどういうものであるのかを定義することなく、要するに深く検討することなく、読者が「それはそうだ」と思わせるような書き方をしているということです。
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| 経済指標関係 |
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GDP統計、鉱工業生産統計、物価統計、貿易収支など、重要な統計が発表されると新聞などで報道されますが、これは象の尾についての報道のようなものですから、全体観を持っていないと、意味するところを理解することは難しいでしょう。そもそも、「今月はプラス○%と、2ヶ月ぶりにプラスに転じた」といった記事が多く、なにが起きているのかよくわからない場合も多いでしょう。また、経済指標は、毎月(あるいは毎四半期)振れることが多いため、一喜一憂していると、全体の姿を見失うことになるでしょう。 こうした問題を避けるためには、ときどき日銀のホームページで金融経済月報を見て、景気について大雑把な理解をしておくとよいでしょう。全体観がつかめていると、経済指標に関する記事を見た時のみならず、景気に対するコメントを読んだ時などにも理解度が深まると思います。 インフレ率が0.1%からマイナス0.1%に変化した場合、「いよいよインフレ率がマイナスとなり、デフレ時代に突入した」といった報道がなされることも多いでしょう。しかし、エコノミストにとっては「おおむねゼロ近辺で推移している」と理解するのが正しいわけで、あまり大騒ぎをしないように心がける必要があるでしょう。
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| 狂牛病と食中毒 |
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最後に、人々が報道に踊らされていると思われる例をいくつか挙げて見ましょう。狂牛病が怖いから牛肉を食べないという人も多いと思いますが、「牛肉の代わりに刺身を食べて食中毒で死ぬ」という可能性もあるでしょう。こうしたことまで考えて、確率を試算した上で牛肉を控えているという人がどれだけいるでしょうか。 「テロが怖いから海外旅行に行かない」という人も多いと思いますが、飛行機とはもともと危ない乗り物であって、「テロがあるから乗らない」という理屈はそれほど説得的ではありません。実際、9.11以降にテロで落ちた飛行機はありませんが、テロ以外の理由で落ちた飛行機は多数あります。更に言えば、「海外旅行の代わりにドライブに行って交通事故死する確率」の方が高いかもしれませんが、こうしたことまで考える人は少ないでしょう。 狂牛病やテロはニュースに大きく出るので印象に残り、食中毒や自動車事故はニュースに出ないので印象に残らないということが、こうした「不合理な」行動に結びついているのではないでしょうか。
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今回は以上です。。なお、上記は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示す
ものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。 (May.2003記) |