| はじめに
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3月危機は起きませんでしたが、銀行をめぐるさまざまな動きが話題を集めていることには違いありません。銀行の何が問題で、何をどうしていけばよいのでしょうか?今回は、筆者が敬愛するエコノミストである佃佳志氏に銀行改革について論じてもらうことにしました。
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| 銀行に出来ることと出来ないこと |
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佃です。今回は、銀行について考えて見ましょう。
銀行に対する世間の風当たりは大変強いものがあります。かつて銀行の羽振りがよかったころは「銀行員は高い給料をもらって威張っている」ということだったのでしょうが、最近では「不良債権の処理を先延ばしにしている」とか「リストラが足りない」とか「貸し渋りをしている」とか、さまざまな批判が寄せられています。
私自身、預金をする時には銀行より郵便局の方に親しみを感じますし、利用者の立場に立ったサービスがなされているような気がします。
ですから、感情的に「銀行はけしからん。不良債権を作ったのは銀行の責任だし、それによって国民の血税で助けてもらったのだから、当然頭取は辞めるべきだし、銀行員の給料は半分にするべきだ」という議論が出てくることは十分理解できます。しかし、銀行が抱える問題は、それだけで解決するようなものではないのです。
銀行員の給料が高すぎるというのは、そうかもしれません。だからこそ各行とも人件費の削減に取組んでいるわけです。しかし、たとえば最大手のみずほグループで言えば、人件費総額が年間3千億円台ですから、これをいくら削ったとしても、2兆円という昨年度の赤字額を考えると、焼け石に水といったところでしょう。
大手銀行の頭取は、すでに相当若返っています。それで目立った改善が見られないならば、彼等の首を切って、それより10年若い世代から頭取を出したからといって、これまでと決定的に異なる新しい銀行に生まれ変わるということは考えにくいでしょう。
「銀行は不採算部門から撤退せよ」といった意見も正論ですし、実際にそうした例も増えつつありますが、仮にこれを徹底したとしても、やはり焼け石に水といったところでしょう。「銀行はコーポレートガバナンスがなっていない」という意見も正論かもしれませんが、仮に銀行の株主がモノを言うようになったとしても、あるいは銀行を国有化して金融庁の官僚が頭取になっても、事態が大きく改善するとは思われません。
じつは、本稿の目的の第一は、読者が頭取になったら何をするか、それによって事態がどう改善するのかを考えていただこうというものです。それによって、「銀行業界が抱えている問題は、じつは、銀行自身が解決できるような問題ではないのだ」ということを認識していただきたいのです。
まず、銀行は収益力を高める必要があります。収益をあげて、公的資金を返済し、自己資本を充実させて経営を健全化することが至上命題だと言えるでしょう。そのためには、第一に不良債権をこれ以上作らないことです。第二に利鞘を拡大することです。第三に新しいビジネスをはじめることです。しかし、いずれも簡単ではありません。
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不良債権への対応 |
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はじめに認識しておく必要があることは、デフレが続く限り不良債権は増え続けるだろうということです。日本企業は活動資金の多くを銀行借入でまかなっていますから、銀行全体として見たときの貸出の質は、日本経済自体の健全性とほとんど連動していると言えるからです。デフレで名目GDPが減少していく時には、「企業全体を平均すれば売上が減少していく」一方で、デフレでも借金が自動的に減額されるといったことにはなりませんから、借金が返済できない企業が出てくるのは当然です。
頭取としては、「勝ち組み企業をさがして積極的に取引しろ。負け組み企業とは付き合うな」と号令することはできますが、他の銀行の頭取も同様の指示を出しているでしょうから、銀行の平均を超えることは難しいでしょう。つまり、日本全体として不良債権が増えていき、各銀行の不良債権もおおむね比例的に増えていくという可能性が高いわけです。
こうした状況下、頭取としては二通りの考え方が可能です。第一は「不良債権を作らないためには、あぶなそうな会社に貸さないことです。現在は不良債権ではないけれどもデフレが続けば不良債権になるかもしれないという会社があるとすれば、早いうちに手を切ることです。借り手に恨まれようと、貸し剥しと非難されようと、背に腹は代えられないのです」というものです。しかし、それでも損失は避けられないでしょう。無事に回収できる場合もあるでしょうが、無理な回収で借り手が倒産すれば、せっかくの工場が二束三文で投売りされ、銀行への返済額が大幅に減るからです。
一方で、「銀行にとって、不良債権の処理は得策ではない場合が多いのです。借金を全額返済することが不可能な会社でも、営業を続けていれば、ある程度まで借金が返済できるかもしれませんが、借り手から無理矢理回収しようとして借り手が倒産してしまえば、工場などを二束三文でスクラップ業者に投売りせざるを得ませんから、結局銀行の回収金額は減ってしまう場合も多いからです。しかも借り手からは恨まれ、マスコミからは貸し剥しと非難されるわけですから、出来るだけ不良債権の処理を先延ばしにする方がよいに決まっています」という考え方も可能です。しかし、それでも損失は避けられないでしょう。立ち直る借り手もいるでしょうが、デフレの世の中ですから、借り手を平均すれば売上高は減少を続け、銀行への返済も毎年困難度を増していくからです。
前者は予想通り「貸し剥し」と非難され、後者は「問題の先送り」と非難されるでしょう。どちらの道を選んでも、非難される上に収益は改善しないのです。デフレが続く限り、ある程度の不良債権は必ず発生し、それが銀行の収益を押し下げるということは、避けられないことであり、個々の頭取が解決できるような問題ではないと考えておいた方がよいのです。
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| 利鞘の拡大 |
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不良債権の処理損が不可避であるならば、それを補うだけの利鞘を確保することが必要になるでしょう。「銀行は、借り手が倒産した場合の損失分(厳密には損失の期待値)だけ利鞘を確保する必要があることは当然だ。これまでの利鞘では小さすぎるので、利鞘を拡大しよう」ということになるわけです。
まず、デフレ以前とデフレ時代では、借り手の倒産する確率が違うわけですから、その分も考慮して貸出金利を引き上げる必要があるでしょう。毎年借り手の1%がデフレによって倒産しているのならば、利鞘を1%拡大する必要があるわけです。
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銀行の利鞘は、「貸出金利と市場金利の差」と「市場金利と預金金利の差」からなっています。貸出部門のコストなどを前者が、預金部門のコストなどを後者が稼ぎ出しているというわけです。
貸倒れ損は「貸出金利と市場金利の差」で賄われるべきものですから、「デフレで倒産が増えているから、市場金利と貸出金利との差を1%拡げることが必要だ」ということになります。
もっとも、それだけでは十分ではありません。デフレに伴なって市場金利がゼロとなったことで、本来「市場金利と預金金利の差」で賄われるはずのコストが賄われなくなってしまっているからです。この分も貸出金利で賄わざるを得ないとすると、貸出金利の引き上げ幅は更に大きくなる必要があるというわけです。 |
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さらに言えば、銀行はコストと貸倒れ損失の分を上回る利鞘を確保する必要があるわけです。過去に借りた公的資金を返済する必要もありますし、金融不安を解消するためには銀行が自己資本を充実することが必要だからです。
しかし、これは容易なことではありません。日本の銀行は過当競争体質ですから、ある銀行が金利の引き上げを言い出せば、借り手が他の銀行に逃げてしまう可能性が高いからです。「借り手の倒産リスクをカバーできる金利では誰も借りてくれない」という悩みを全部の銀行が抱えているわけです。
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こうなると、ゲームの理論に言う囚人のジレンマ状態です。協力すれば両者とも利益がえられるのに、協力しないと両者ともに損失を被るといった状況において、「相手と相談してはいけない」と言われると、お互いが自分の利益だけを考えるために協力できず、結局両者ともに損をするというわけです。
利鞘を上げた銀行はただちに客を失って倒産するでしょうが、利鞘を上げなかった銀行は競争相手が利鞘を拡げようとして客を失って倒産すれば独占利潤が得られます。したがって、現在の状態からスタートした時には、利鞘を上げるという選択肢はどこの頭取にも無いわけです。 |
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なお、貸出金利の引き上げを試みる場合には、プライムレートの引き上げといった形ではなく、取引先ごとに倒産可能性を考慮して貸出金利を決めるということが重要です。これまで銀行は、金融緩和期に貸出しを伸ばそうとして貸し出し条件を緩めてきましたから、「大企業も町工場も貸出金利はプライムレート」という状態でした。せいぜい「少額の貸し出しは手間がかかるから手間賃の分だけ大企業向けよりも高い金利をとる」といった程度の差だったと言えるでしょう。銀行の判断は「貸せる先か貸せない先か」というだけだったわけです。
しかし、零細企業は倒産確率が大企業よりも高いことを考えると、金利が同じだというのは合理的ではありません。「貴社の倒産確率は2%なので、プライムレート+2%で貸します」といった条件を取引先ごとに設定するのが正しい姿勢だと言えるでしょう。
ただでさえ経営の苦しい零細企業に対して貸出金利を引き上げるのですから、借り手からみれば銀行は血も涙も無い鬼に見えるでしょうし、マスコミからは貸し剥しだと非難されるでしょうが、自分が生き残るためですから止むを得ません。
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銀行が利鞘を拡大しようとする場合に、プライムレートを引き上げると信用力の高い借り手が社債市場に逃げてしまいます。すると信用力の低い借り手ばかりが銀行の取引先として残り、不良債権の発生比率が上昇し、結局利鞘で不良債権処理損が賄えないという状況が続いてしまうことになるでしょう。
したがって、プライムレートを引き上げるのではなく、借り手の信用力に応じて貸出金利に差をつけることが必要なのです。 |
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もっとも、これについても他行との競争上、簡単ではないでしょう。金利を上げようとすれば、顧客が他行に逃げてしまうからです。上に述べた「不合理な」状況がここでも生じてしまうというわけです。
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発想の転換
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貸出業務において「競争が激しすぎて利鞘が拡大できない」ということであれば、そして「予想される不良債権処理費用をカバーできないような金利で貸出を行なわざるを得ない」のであれば、いっそうのこと貸出業務から撤退して新しいビジネスをはじめる選択肢もあるでしょう。
しかし、それは理屈の上の話であって、実際には、新しくはじめて利益があがるビジネスがそれほどたくさん見つかるとも思われません。そんなビジネスがあれば、とっくに誰かがやっているはずだからです。
何千人、何万人という社員が従事するような新ビジネスが見つからなければ、人を減らすしかありません。急いで減らそうと思えば莫大な割増退職金が必要でしょうし、自然減に任せると時間がかかるでしょう。オンラインシステムや支店の金庫なども償却しなければなりませんから、リストラ費用で莫大な赤字が出るでしょう。
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米銀の中には「選択と集中」などということで、得意分野に特化する戦略をとっている銀行がありますが、従業員の過半を解雇するといったドラスティックな改革は日本では不可能だと言えるでしょう。 |
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なによりも、頭取として銀行の経営を任されたのに、事業を縮小または廃業するという選択肢しか思いつかないのでは余りに情けないと言えるでしょう。もう少し知恵をだしたいものです。
自分の銀行だけについての戦略を考えるから知恵が浮かばないということで、他行を巻き込んだ戦略を考えてみましょう。
まずは合併を考えましょう。銀行が過当競争をしているから利鞘が改善できないという事であれば、競争相手と合併してしまえばよいわけです。もっとも、日本中に二行しか銀行がなくなったとしても競争は続くかもしれませんし、反対に競争がなくなるような合併では独占禁止法が許してくれないでしょう。また、銀行以外にも貸出を行なっている金融機関がたくさんありますから、そうした所とも競争していかなくてはならないでしょう。こうして考えると、合併が必ずしも利鞘改善に有効な手段だというわけでもなさそうです。
最後の手段は、「借り手が傾いた時にメインバンクに負担を押し付ける」というものです。自分がメインバンクでなければ、傾いた借り手に対して「返済しなければ破産の申請をするぞ」といって脅かしてみましょう。
借り手を脅かせば、借り手が最後の力を振り絞って返済してくるかもしれません。それによって他の銀行の取り分が減っても、他の銀行に恨まれても、借り手に恨まれても、知ったことではありません。あるいは、脅かせばメインバンクが借金を肩代わりしてくれるかもしれません。
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これまで、銀行は「世間の評判が悪くなると客商売に差し障りがある」と考えて、こうした行為を謹んできましたが、背に腹は代えられません。まして、ある大手銀行がなりふりかまわず貸出の回収に励んでいるのをみてしまった以上、自分も回収したいという欲求が沸いてくる頭取も多いはずです。 |
| このように、自分の銀行だけが回収に努めれば、事態は改善するかもしれません。しかし、そうは問屋が卸さないでしょう。日本の銀行は横並び意識が強いため、自分が始めたことは、他の銀行も同じことをすると覚悟しておく必要があるでしょう。 |
政府の視点 |
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上でみたように、個々の銀行の努力で為し得ることには限りがあります。更に悪いことには、各行が努力すればするほど「合成の誤謬」によって事態が悪化する可能性があることです。たとえば各行が貸し出しの量的拡大を目指して利鞘を削るとすると、貸出量が増えずに各行の利益が減るだけに終わることになりますし、各行がメインバンクに負担を押し付けようとすると、どの銀行も自分がメインとなっている取引先を支えるリスクが大きくなりすぎて結局支えきれなくなるといったケースが増えてくるでしょう。
政府がデフレを止めてくれれば問題は大きく改善するのですが、今の政策ではデフレが止まることは望めないでしょうから、以下では、当分の間はデフレが続くという仮定にたって、政府が何をなすべきかを考えてみましょう。
デフレが続けば銀行の赤字が続き、そのうちに自己資本が不足して破綻する銀行が出てくる可能性があるでしょう。そうした状況において、政府が採り得る選択肢は大きくわけて3つあります。「放置する。銀行が破綻しても公的資金は導入せず、淡々と破産法の手続きに従って破綻銀行を清算する」「放置する。銀行が破綻しそうになった場合には、公的資金を注入して借り手や預金者を保護する」「銀行の収益確保を手助けし、銀行の破綻を未然に防ぐ」というものです。
第一の選択肢は、ある程度以上の規模の銀行に関するかぎり、現実的ではないでしょう。銀行が清算されると、大口預金者のみならず、借り手や他の銀行などに多大な被害が及ぶなど、実体経済に極めて大きな影響があるからです。したがって、銀行が破綻しそうになった場合には、第二の選択肢である「公的資金を投入して国有化するなどの方法」が採られる場合が多くなるでしょう。
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もちろん、銀行の株主や経営者を救うために国民の血税を使うわけではありませんから、銀行の破綻が不可避な状況に陥れば、株式は紙屑となり、経営者は去ってもらうということが原則です。
財政赤字が問題となっている時に財政資金を投入することには抵抗もあるでしょうが、財政資金を投入した方がしないよりも結局は財政赤字が小さくなるという場合も多いでしょう。事態を放置すると、借り手の倒産、金融機関の連鎖倒産などにより景気が悪化して税収が減少し、結局財政赤字が大きく膨らむという可能性もあるからです。こうしてみると、公的資金の投入は、納税者のためでもあるわけです。
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| 第三の選択肢である「銀行の収益を改善するために政府がなし得ること」は、「銀行が貸し倒れ損失分をカバーできるような利鞘を確保できるように、銀行の不況カルテルを結成させる」ことでしょう。各銀行に対して「借り手ごとに倒産リスクを考慮して、採算がとれるように、個別に金利を決める」ように誘導するとすれば、結果として信用力の乏しい借り手、倒産する可能性の高い借り手が追加的な負担をすることになるでしょう。 |
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「銀行が過当競争なのは、銀行の数が多すぎる(オーバーバンキングである)からであって、銀行の合併を推進すれば過当競争が収束するだろう」という考え方もあるかもしれませんが、日米の銀行事情を比較してみると、この考え方には賛成しかねます。
日本の銀行が過当競争を行なっているという点は、米国と大きく異なるところです。米国の銀行と日本の銀行では、平均的な利鞘率が天と地ほど違います。BIS規制が導入された背景の一つは、「邦銀が米国で過当競争を繰り広げて米銀の利鞘が保てなくなることをおそれた米国が、邦銀の融資残高を抑制する必要に迫られた」ことだと言う説もあるほどです。しかし、銀行の数は米国の方ははるかに多いのです。
このことは、銀行の数の問題ではなく、銀行の体質の問題だということを示唆しています。したがって、銀行の体質を変えないで合併だけを繰り返しても、うまくいかないでしょう。仮に日本中の銀行が二つの銀行に統合されたとしても、過当競争は続くかもしれません。
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| 負担の公平という観点からすると、銀行が破綻したことに伴って発生する社会的な損失は、銀行の株主が負担するのが公平なようにも思えますが、株主有限責任の原則に照らしてみると、ここまで株主に負わせるわけにはいきません。そうだとすると、銀行が破綻してから納税者が負担するのか、破綻させないために借り手が負担するのか、という比較の問題となります。 |
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銀行員が給料の引き下げという形で負担することも必要でしょうが、それが焼け石に水であることは前述のとおりです。 |
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信用力の低い借り手としては、「銀行の過当競争のおかげで、本来であれば支払うべき金利よりも低い金利で助かっているのであって、過当競争が終了することによって本来支払うべきであった金利を支払うことになるのは、ある意味では止むを得ない」という面もあるでしょう。一方で、納税者としては「銀行が過当競争をしているせいで借り手が得をしている。その穴埋めとして国民の血税が使われるのはけしからん」ということになるでしょう。
こうして比較すると、借り手が払う金利を引き上げて銀行の赤字を防ぐという方が、公平だと言えるでしょう。いわゆる「受益者負担」に近い考え方でもありますし、マーケットメカニズムを活かした解決策とも言えるでしょう。 政府が「不況カルテル」を認めるとして、留意すべき点がふたつあります。第一は、あくまでも過当競争を排する目的であって、銀行が暴利を貪るような結果にならないように注意することです。第二の留意点は、銀行業界のみならず、政府系金融機関や保険業界などにも「不況カルテル」への参加を要請することです。とくに、政府系金融機関が民間よりも低い利率で貸出を行なって民業を圧迫するようなことは避ける必要があります。
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政府系金融機関の役割としては、民間銀行が量的に貸し渋っている場合に補完するという部分は残ります。むしろこの役割は、自己資本不足に陥った民間銀行が貸し渋りをしているような場合には積極的に果たすべきものでしょう。
金利面については、政府系金融機関の優位性はなくなりますが、その分は財政で住宅減税や省エネ設備に対する利子補給金といった形でのインセンティブ付けなどを行なっていけばよいわけです。そもそも政府系金融機関が民間銀行以下の金利で貸出を行なっていることが民業を圧迫しているという面も否定できないわけですから、貸出金利は民間銀行に揃えてイコール・フッティングを図るとともに、政策目的を達成するための工夫を別途行なうべきだと言えるでしょう。
なお、社債の発行、外資系銀行からの借り入れなどの条件は、現状のままでよいでしょう。現状でも社債の投資家や外資系銀行などは邦銀間の過当競争とは距離を置いているため、ある程度「貸し倒れリスクを勘案した金利設定」が行なわれているからです。加えて、彼等の存在は、銀行が暴利を貪ることに対する抑止力となりますので、むしろ望ましいものと言えるのかもしれません。
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最後に、景気への影響も検討しておく必要があるでしょう。「信用力の乏しい企業ほど、すなわち倒産する可能性が高い企業ほど高い金利を払う」ということだと、倒産が増える可能性があるからです。
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もっとも、すべての借り手に同じ金利を適用するということだと銀行側が「倒産する可能性がある程度以上の企業には貸さない」という行動を採るでしょうから、資金繰りの問題がでてきます。これと比べると、借り手ごとに金利が異なるようになれば、「高い金利さえ払えば銀行が融資を断わることはない」という面もありますから、一概に否定的に考える必要はないかもしれません。 |
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あとは、景気対策として財政が出動する際に、公共投資を優先するのか減税を優先するのか、あるいは「プライムレートを上回る金利を支払っている企業には補助金を出す」という形で倒産を抑制していくのか、といった判断が求められるということだと思います。
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以上です。なお、上記は佃個人の見解であり、佃の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。 |