| はじめに
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日銀総裁人事が決着しました。従来であれば、ポスト配分を巡る各組織の思惑、立身出世競争の頂点を極めることへの各人の思い、等が話題となるところでしょうが、今回は主に、政府の希望に沿った金融政策のスタンスを採る人は誰か、といった観点から注目されていたようです。そこで今回は、日銀の政策について考えてみましょう。
金融の話に慣れていない方にとっては、難しい言葉が出てきますので、わかりにくい所があるかもしれませんが、気にせず読み飛ばしてください。結局言いたいことは、「日銀は景気の過熱を抑えることはできるが、景気を回復させることは出来ない。したがって、今の日銀には出来ることが限られている。それなのに、景気が悪いのは日銀のせいだと非難されていてかわいそうだ。」ということです。そういう雰囲気を文中から感じ取っていただければ幸いです。
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| 金融政策はゴム紐? |
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日本では、金融政策はゴム紐のようなものだと言う人が少なくありません。行き過ぎた景気を引き戻すことは出来ても、不振な景気の後押しをすることは難しいという意味でしょう。「馬を水辺に連れて行くことはできても、喉の渇いていない馬に水を飲ませるのは難しい」とも喩えられています。企業が過剰設備を抱えて設備投資をする意欲がない時には金利を下げても設備投資は増えないし、個人が失業の恐怖を抱いているときには金利を下げても住宅ローンは借りないということだと思います。まして、物価が下がっている時には借金をしてモノを買うよりも、待っていて値下がりしてから買う方がよいに決まっていますから、ますます借金をする人は少ないでしょう。
日銀がゼロ金利政策を採ろうと量的緩和政策を採ろうと、ほとんど効き目がないのは、こうした事情によるものでしょう。そうであれば、これ以上量的緩和を行なっても、景気刺激という面では意味はないでしょう。
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米国ではこうした認識が薄く、景気刺激も金融政策の担当だと考えられているようです。米国から日本に金融の追加的な緩和を求める声があるのは、こうした事情もあるのでしょう。この点について筆者は、日本経済は本質的に需要不足、米国経済は本質的に需要超過の経済であるため、金融政策の効き方が根本的に異なっていると考えており、したがって米国経済を論じる視点で日本経済を論じることは大変危険だと考えています。米国ではもともと超過している需要を金融政策で押さえ込んでいるため、金融を緩めると抑えられていた需要が自然と湧き上がってくる一方、日本ではもともと需要が不足しているために金融を緩和しても需要が沸きあがってこないからです(くわしくは、当ホームページ2002年7月記載分「問題を先送りした米国経済」をご参照ください)。
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デフレ退治に効くか? |
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実体経済に直接働きかけることが出来なくても、現在の不況の一因が物価の下落にあるとすれば、金融緩和を通じて物価を緩やかに上昇させることによって景気回復に寄与するということが考えられるでしょう。筆者も、物価が緩やかに上昇するようになれば景気にプラスであることは認めています。しかし、金融を緩和すると物価が緩やかに上昇するなどということがあるのでしょうか?
世の中では、「信用乗数を一定とすれば、日銀の資金供給が増えるにしたがってマネーサプライが増える。貨幣の流通速度を一定とすれば、マネーサプライの増加が物価の上昇をもたらす。したがって、日銀が資金供給量を増やせばデフレは止まる」という人も多いようです。しかし、これには賛成できません。
また、日銀が長期国債を大量に買えばよい、社債や株や土地を買えばよい、米国債を買えばよい、ヘリコプターから現金をばらまけばよい、といった意見もあるようですが、これにも賛成できません。
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| 信用乗数は一定か? |
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第一に、日銀はハイパワードマネー(=マネタリーベース)を増やすことはできるが、マネーサプライをコントロールすることは出来ません。つまり、「信用乗数を一定とすれば」という仮定が現実離れした仮定だというわけです。
銀行から市中への貸し出しが増えない限り、原則としてマネーサプライ(市中に出回っている現金と、民間銀行が受け入れている預金の合計)は増えません。しかし、日銀は銀行に資金を供給することは出来ても、民間銀行が市中への貸出を増やすように強制することはできません。現在は、銀行への資金供給を増やしても銀行の貸出しが減る方向にあるので、日銀がいくらがんばってもマネーサプライは増えないのです。
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信用乗数とは、日銀が資金供給を行なったことによって、その何倍のマネーサプライが増加するかという倍率のことです。理論的には、日銀が供給した資金の量を預金準備率で割った値だけ銀行の貸出が増え、その分だけマネーサプライも増加するはずだと言われていますが、現在の日本では銀行の貸出が増えないためにマネーサプライも増えないのです。銀行の貸出量を制約しているのは預金準備率だけであるという前提が今の日本に当てはまっていないからでしょう。
銀行の貸出が増えない理由については議論があるでしょう。「銀行が貸し渋っているからだ」という見方もあれば、「貸したい先は借りてくれず、借りに来るのは貸したくない先だけだから」という見方もあるでしょう。銀行以外の金融機関の貸し出しも増えていないことを考えると後者の方に説得力があるようにも思いますが、ここで重要なことは、「理由はともかく、銀行は、貸出を増やすことよりも、金利ゼロの日銀当座預金に預けることを選択している」ということなのです。
この判断は、日銀が銀行への資金供給量を増やし続けたとしても、変更されることはないでしょう。したがって、日銀の当座預金の残高が膨れ上がるだけで、マネーサプライには何も起きないでしょう。銀行の判断を変更させるためには、別の方策が必要であることは間違いありません。それが何なのかは、銀行の貸出が何故増えていないのかという原因をどう捉えるかで様々な処方箋が書けるでしょうが、それについては別途論じることにしましょう。 |
貨幣の流通速度は一定か? |
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第二に、マネーサプライの増加と物価の上昇の間にも直線的な関係があるとは言えません。つまり、「貨幣の流通速度を一定とすれば」という仮定が現実離れした仮定だというわけです。
日本経済の現状では、マネーサプライが増えたとしても名目消費金額などには変化が起きず、単に貨幣の流通速度が低下するだけに終わる可能性が大きいと思います。
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貨幣の流通速度が一定だという仮定は、非常に大きな視野でみれば、ある程度妥当なのかもしれません。歴史上ハイパーインフレといわれる現象が何度も生じていますが、これはマネーサプライが異常に増加したことが原因となっている場合が多いようです。
しかし、通常の変動幅で動く経済を考えた場合には、マネーサプライと物価上昇率の間には直線的な関係があるとは思われません。「預金が1割増えたから1割多く消費しよう」というものでもないでしょうし、「消費金額は1割増えるが、生産量は変化しないで、消費者物価が1割あがる」ということもないでしょう。
たとえば、バブル期にはマネーサプライが著増したわけですが、物価はそれほど上昇しませんでした。MV=PYという式に照らして見れば、貨幣の流通速度が低下したということになるでしょう。このときは、増えた預金が株や土地の取引に用いられ、財やサービスの取引に用いられた部分が限定的だったことから、GDPとマネーサプライとの関係が大きく揺れ動いたというわけです。 |
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インフレはコントロールできるか?
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これまで、「日本経済の現状では、金融緩和が物価上昇をもたらす見込みはない」と述べてきました。「景気が悪く、しかも物価下落が予想されている時には、人々は借金をしてモノを買おうとは思わないでしょうし、仮に資金があったとしても買い控えて現金のまま保有するでしょう。したがって、日銀が資金供給しても、オカネの流れが活発化しないでしょう」ということを暗黙の前提としていたわけです。
しかし、何らかのきっかけで人々がインフレになると思えば、これとは全く異なる状況が展開することになるかもしれません。景気が悪くても、物価が上昇すると人々が思えば、「どうせ買うのなら、早いうちに借金をして買っておこう」という人が増えますから、モノの売れ行きもよくなり、銀行の貸出も増え、景気がよくなるかもしれません。
もっとも、そうは問屋が卸さない場合も多いでしょう。物価の上昇は買い急ぎと売り惜しみ、賃金上昇などを通じて一層の物価上昇を招きますから、ますます人々は買い急ぎに走り、売り手は売り惜しみをはじめるかもしれません。
このとき、金融が極端に緩和されていたら、何が起きるでしょうか?銀行は優良な借り手からの借入れ申し込みがあれば、よろこんで貸すでしょう。したがって、マネーサプライは急増するでしょう。人々は手元に資金を寝かせておくよりも早めにモノを買った方が得だと考えますから、オカネの廻り方も速くなるでしょう。信用乗数も貨幣の流通速度も一気に加速するわけです。こうして極端なインフレ(ハイパー・インフレーションとも呼びます)が発生する可能性は決して小さくないでしょう。
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問題は、信用乗数も貨幣の流通速度も、人々の期待の関数なので、いつ、どうして期待が変化するのかが読めないことと、期待が変化するまでは何も起きないのに、ひとたび期待が変化するとインフレが発生してそれが一層期待を膨らませ、自己実現的にインフレを加速していくことでしょう。
日銀の資金供給量とインフレ率のあいだの関係が非常に不安定であって予測が不可能であるのみならず、ひとたびインフレが生じると、それまで積み上がってきたインフレの材料が一気に燃え上がるので、マイルドな物価上昇といった調節が出来なくなるわけです。 |
一層の金融緩和に筆者が反対する理由の第三は、こうしてインフレがコントロールできなくなるリスクがあるからです。
日本銀行が目標とするインフレ率を公表することで、人々の物価下落懸念を払拭して物価上昇予想を持ってもらおうという「インフレターゲット」政策を支持する人も多いようですが、日銀は全知全能の神ではありませんから、そんなことが出来るはずはないでしょう。人々の期待が変化するまでデフレが続き、変化した時にはハイパーインフレが発生するわけで、ターゲットどおりのマイルドなインフレが生じる可能性など極めて小さいと考えておくべきではないでしょうか。 |
政府と日銀の分担 |
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日銀が長期国債を大量に買えばよいという人がいますが、賛成しかねます。量的緩和を徹底するという目的であれば、短期国債を大量に買えば充分です。ただでさえも長期国債の市況が暴騰してバブルが疑われているようなときに、これを煽る必要がどこにあるのでしょうか?長期金利が上昇すると景気に悪いということを心配するのであれば、「長期金利が2%を超えたら日銀が大量に長期国債を買います」と宣言しておけばよいのです。
日銀が社債や株や土地を買えばよい、という意見にも賛成しかねます。筆者は、政府が社債を買う、株や土地を買うということには比較的好意的です。銀行が貸し渋っているならば政府系金融機関が貸し出しをするなり社債を購入するなりすればよいと思いますし、株式(あるいは株式市場連動型投信でもよいでしょう)を買うことで株価が上昇すれば結構なことです。土地を大量に購入して地価が上昇すれば、これも景気にプラスでしょう。しかし、これは政府の仕事であって日銀の仕事ではないような気
がします。
日銀が米国債を購入するのは、「短期国債を購入して市場に資金を供給する金融緩和」と「短期国債を発行して得た円でドルを購入する為替の介入」を同時に日銀が行なおうというものですが、前者が日銀の業務である一方で後者は政府の業務です。
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ニュースなどで日銀の為替介入と言われているものは、日銀が政府の委託を受けて政府の資金で介入の事務を行なっているもので、為替の介入そのものは政府の仕事です。 |
不良債権を購入するという選択肢もあり得るかもしれませんが、これも政府の仕事でしょう。また、ヘリコプターで紙幣をばら撒くということも、あり得ない選択肢ではないのかもしれませんが、仮に採用されるとしても、それは政府の仕事であって日銀の仕事ではないでしょう。
政府と日銀の業務の分担をどの程度厳格に考えるべきか、という点については、筆者はよくわかりませんが、少なくとも政府が行なうべきことを特段の理由もなく日銀に行なわせるというのは納得しかねるでしょう。「本来は政府が行なうべき仕事だが、政府が行なおうとすると国会の審議などの手間がかかるから、日銀にやらせよう」という考え方もないわけではありませんが、本末転倒した議論のように思えてなりません。 |
かわいそうな日銀 |
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以上見てきたように、不況と物価下落が共存している日本経済の現状を改善させることは、金融政策には荷が重過ぎるばかりではなく、金融政策に重責を押し付けることはリスクの高い選択だと言えるでしょう。したがって、日銀としては量的緩和に踏み切るべきではなかったし、仮に踏み切ったとしても、初期の段階で「準備預金残高は現在5兆円であり、必要準備預金金額である4兆円を上回っている。このことは、余分な1兆円が活用されていないことを意味している。これ以上、活用されない資金を供給しても無駄であるので、政府が景気対策を行なうことで、この1兆円が活用されるように願っている」と宣言すべきだったのでしょう。
筆者としては、不況対策は政府の仕事だと考えています。財政支出による公共投資なのか、規制緩和なのか、不良債権処理の促進なのか、米国債や株や土地の購入なのか、さまざまな選択肢を如何に組み合わせていくのかは政府の責任で考えるべきことでしょう。
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個人的には積極財政論者で、公共投資を増やすべきだと考える一方で、性急な不良債権処理は事態を悪化させるだけだと考えていますが、これについては別の機会に論じる事とします。 |
したがって、景気が悪いのは政府が適切な対策を採らないことに真の原因があるのだと思います。しかし、政府は「日銀の緩和が足りないから、日銀がインフレターゲットに踏み切らないから景気が悪いのだ」という議論を展開しています。
政府としては、「自らの責任から国民の目をそらし、問題をすり替えている」ということではなく、「本心からそう信じている」ようですが、いずれにしても責任をなすりつけられた日銀がかわいそうでなりません。
当座預金残高が5兆円に増えようと20兆円に増えようと、「そんな小幅な緩和だから効果がないんだ」と非難され続け、結局インフレターゲットも導入させられ、効果がない間は「もっと量的緩和を」と非難され続け、効果がでてインフレになれば「ハイパーインフレになったのは日銀の失策だ」と非難され、結局全部の責任を負わされることになるのではないかと心配しています。 |
発想の転換? |
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以上は、「ハイパーインフレは悪いもので、これを生じさせることは中央銀行として許されない」という前提にたって議論してきたものです。現在の日本でこれを否定する人は少ないように思います。日銀としても、「ハイパーインフレになれば、それは自分たちの失敗であるし、責任も追及されるだろう。それは絶対に避けたい」という思いでしょう。
しかし、発想を転換して、「マイルドなインフレを目指した結果として仮にハイパーインフレになったとしたら、その時に金融を引締めればよい。デフレよりはインフレの方がコントローラブルなのではないか」という考え方はどうでしょう?じつは、これは米国在住の方から聞かれて筆者が返答に詰まってしまった問なのですが、米国人の中にはこういう考え方も少なからずあるようなのです。
「各人が詰腹を切らされるリスクを避けようしている」という前提に立つと決して出てこない結論ですが、天下国家の見地から考えれば、無下に否定してしまうわけにもいかない選択肢なのかもしれません。
「ハイパーインフレを経験したことのない国は呪縛に陥っていなくて羨ましいが、日本としては怖くて採用できない政策だろう。自分としてもリスクが大きすぎると感じており、ただちには賛成しかねる」と苦し紛れにコメントしておきましたが、自分でも今一つ納得がいっていません。
それにしても、米国人はおおらかで羨ましいですね。本件ではありませんが、筆者自身、米国人と話していると、「日本人は心配しすぎるよ。命までとられるわけじゃないんだから、トライしてごらんよ」と言われているような気になることが少なくありません。こうした時には、「必要もないのに夢を求めてわざわざ大西洋を渡り、幌馬車で西部を目指した人たちが、彼等のほんの数代前の先祖だ」ということを思い起こ
さずにはいられません。「駄目かもしれないけれども、とにかくチャレンジしてみよう。何もしないよりもトライすることが重要だ」という遺伝子が彼等には組み込まれているのでしょうね。
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今回は以上です。尚、上記は私個人の見解であり、私の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。
(Mar.2003記) |