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景気の見方読み方
Jan.03

2003.1.1

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世界経済の正念場

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はじめに
 

 あけましておめでとうございます。本年もよろしく御願い申し上げます。
 今回は「国際金融」に寄稿した随筆を御紹介いたします。新年早々明るい話題に乏しい状況ですが、御屠蘇気分をほどほどにして、現実を直視する必要があるように思います。

本文
 

 新年に相応しく明るい話をしたいところだが、世界経済を見渡すと、そうも言っていられない。むしろ、新年に際して今年一年を展望すれば、相当の覚悟をする必要があるように思われる
  米国経済は、バブル崩壊後の長い停滞期に入っている可能性が高い。グリーンスパン議長のたくみな調整によってバブルの急激な破裂は防がれているが、それがゆえにバブル部分が減衰していくまでには相当長い時間を要すると思われるからである。 「米国は日本と異なり、バブルの後遺症は軽微だろう」という見方もあるが、疑わしい。今の日本と今の米国を比べるのではなく、今の米国とバブル崩壊2年後の日本とを比べれば、似ている点が多いからである。
 米国では「米国経済の基本的な強さは失われていないから、一時的な減速の後は再び力強く成長する」「銀行の不良債権は少ないから銀行は健全だ」「米国には利下げや減税の余地がある」といった「日本との違い」を強調する人がいるようだが、91年当時の日本では日本経済の基本的な強さを疑う人は少なかったし、銀行の不良債権も少なかったし、利下げや減税の余地も大きかったことを思い出せば、こうした主張は根拠が乏しいことがわかるだろう。
  米国のバブルは、「好調な経済が外資を惹き付けるので経常収支赤字が気にならない」「株高が家計の資産価値を高めるので貯蓄率の低さが気にならない」「貯蓄率の低さ(=消費の活発さ)が景気拡大を通じて企業収益を拡大するので株価の高さが気にならない」といった不安定な均衡の上に成り立っていたもので、いわば「山頂に止まっているボール」のようなものであったと言えよう。
 そうだとすると、ひとたびバブルが崩壊をはじめれば、ボールが斜面をころがって、「谷底に止まったボール」といった状態に移行していく可能性が高いと考えるべきであろう。「株安で皆が貯蓄に励み、景気が悪くなる。すると企業収益が悪化して一層株価が下落する」といったスパイラルを通じて「安い株価、高い貯蓄率、小さい経常収支赤字」といった安定的な均衡が実現するという過程である。
  米国には、「景気が悪い時は積極的な財政出動をすべき」というケインジアン的な発想が希薄であるため、景気対策はおもに金融緩和に頼ることになろうが、はたして斜面を緩やかにする程度に終わるのか、ボールを山頂に押し戻すことが出来るのか、今後の展開が注目されよう。昨年を通じて景気の早期回復期待が後づれを続けていたことを考えると、今年も期待が後づれを繰り返すだけに終わるのではなかろうか。
  欧州経済も、先行きに暗雲が垂れ込めている。とりわけ中核国であるドイツにおいては、景気の方向が下を向いていることが明らかになりつつあり、すでにデフレに陥っている懸念もある。
 こうしたなかで、ECBはもともと景気より物価を重視していること、中小国の景気がドイツやフランスよりは底堅いこと、などを背景として、金融の緩和の姿勢は到底積極的とは言いがたい。
 さらに問題なのは、ユーロ参加国が安定成長協定に縛られており、財政赤字をGDPの3%以内に抑える義務を負っていることである。これによって、公共投資の積み増しといった積極的な財政政策の道が塞がれているだけではない。ビルトイン・スタビライザー(景気悪化時には税収減などによって財政赤字が膨らみ、これが景気の悪化を緩和するメカニズム)による景気安定効果さえも否定されてしまっているため、なんと景気の悪いドイツが税収減を補うための増税をせざるを得なくなっているのである。
 この協定は、「ユーロ参加国の一部が放漫財政を行なうことでユーロの価値が下落する」ということを防ぐ目的で導入されたものである。こうした協定が結ばれた背景にはケインジアン的な発想が薄れてきたことがあるのであろう。
 たしかに欧州経済が統合されていく過程においては、一カ国だけが財政出動により景気浮揚を図っても、その果実は周辺国にも浅く広く享受されるだけで、当該国の景気に与えるメリットは大きくなくなってきたのであろう。したがって、各国政府が財政政策の有効性を軽く見て当協定に参加したことは、個別の判断としては正しかったのかもしれない。しかし、その結果として「一人一人が正しいことをすると、全体として悪い結果が生じる」という「合成の誤謬」が起きつつあるのではなかろうか。「自国の財政支出が自国経済を潤さないという理由で各国が一斉に財政支出を抑える」とすれば、欧州経済全体にとっては大きなマイナスが生じるのおそれが強い。大いに懸念されるところである。
 日本でも、ケインジアン的な政策が否定され、サプライサイドに重点を置いた政策が「外科手術」として行なわれようとしているため、少なくとも今年の景気は相当深刻なものとなろう。手術の痛みに耐えた後の姿については諸説あるものの、麻酔もほとんど打たず、輸血もせずに手術をしようというのであるから、相当の覚悟は必要であろう。
 このまま行くと、今年は久しぶりに世界的な需要減退の年となりかねない。加えて、従来とは比べものにならないほど、中国などの供給力がついているため、世界的な需給関係の悪化は従来以上に深刻なものとなる可能性もあろう。
 金融政策にどこまで頼れるのかも疑問である。第一に、世界的に物価が安定していることが金融緩和を効き難くしている可能性がある。日本の例は極端としても、物価安定下では実質金利が下がりにくいからである。ECBが機動的な金融政策をとりにくいこともネックとなる可能性があろう。さらに言えば、需給ギャップが一定以上に広がると、ケインズのいう「流動性のワナ」に陥って金融緩和の景気刺激効果が見込めなくなってしまうリスクもあろう。
 こうしたなかでも、世界経済はケインズを軽視しつづけるのだろうか?ケインズが復権するとして、それは事態がどの程度深刻になってからだろうか?どこの国で最初にケインズが復権するのだろうか?小さな政府を標榜する共和党の米国だろうか?自縄自縛に陥っているユーロ圏だろうか?ケインジアンを名乗ると守旧派と「魔女狩り」されてしまう日本だろうか?
 いずれにせよ、今年中にケインズが復権する可能性は大きくないように思われる。とすると、ケインズの知恵を借りずに世界経済が同時不況を回避できるのか、一時的に同時不況に陥ったとしても短期間で回復できるのか、あるいはやはりケインズの知恵なしには深い谷に落ち込んでしまうのか、今年が正念場だということになるだろう。今後の推移が大いに注目されるところである。
 ここから先は、全くの悪い冗談だと思ってお読みいただきたいが、かつて大英帝国の繁栄をおびやかすドイツという新しい生産力が登場してきたとき、世界は恐慌を経験し、第一次世界大戦で需給が均衡した。かつて欧州の繁栄をおびやかす米国という新しい生産力が登場してきたとき、世界は再び恐慌を経験し、ケインズの知恵と第二次世界大戦で需給が均衡した。今、中国をはじめとするアジア諸国やロシア、東欧諸国の供給力が飛躍的に増そうとしているとき、何が起きようとしているのだろうか?

     
  今回は以上です。私個人の見解であり、私の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。 (Jan.2003記)
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