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景気の見方読み方
AUg.02 2002.8.01
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就職座談会に参加して

はじめに
 

 埼玉大学の広報誌で、就職と日本経済についての座談会を行いました。参加させていただくに際し、事前に発言内容を用意しておいたので、ご紹介します。実際には話しの流れで原稿どおりではない発言もしましたが、それはそれとして、原稿をごらん頂きたいと思います。

日本的雇用についてup
 

 日本的雇用の特徴は終身雇用制度、年功序列賃金制度で、これは高度成長期の企業には大変都合がよかったわけです。企業が伸び盛りで毎年若い人が大勢入社してくる時には、「将来給料を上げるから若い時は低賃金で我慢してくれ」ということが出来たからです。しかし、低成長時代にはいると、こうした制度は企業にとって重荷となってきています。したがって、日本的雇用は今後も少しずつ緩んでいくと考えた方がよさそうです。

企業は、勤続年数に関係なく、各人の能力に応じて処遇を行なうようになるでしょう。「能力の高い人は他社が高い給料で引き抜かないように、高い給料を払う。能力の劣る人は、勤続年数にかかわらず低い給料しか払わない」といった実力主義が広がっていくということだと思います。

 人材の流動化も進んでいくでしょう。企業の側からの首切りが急に増えるということはないでしょうが、自分に合った会社や自分を高く評価してくれる会社に転職することが珍しいことではなくなっていくはずです。今までは、「若いうちに安い給料で我慢していた分を、勤続年数が増えてからの高い給料で取り戻そう」と考える従業員が多かったために退職する人が少なかったわけですが、これからは毎年の給料が毎年の働きに応じて決まりますから、「企業への貸し」が生じなくなるからです。

 少し極端な言い方をすると、プロ野球選手のようなイメージに近い雇用関係になっていくのかもしれません。「会社に一生の忠誠を誓い、滅私奉公する」というよりも「会社と社員は対等な契約関係であり、社員は忠誠心ではなく仕事の質により評価される」というイメージでしょうか。

 こうした流れは、就職を考える学生にとっては好ましいと言えるでしょう。今までは、自分の能力や適性も見極められず、どの職業、どの会社が自分に向いているのか判断できないままに、運を天に任せて就職先を決め、その会社に一生縛られるといった例が多かったわけですが、これからは「その職業、その会社が自分に合っているか」「自分の能力や適性がどこにあるのか」などを見極めた後に、転職するか否かを選択できるようになるからです。

キャリアアップup
 

 転職が不思議ではない世の中になっていくとすると、自分を磨くことの重要性が急速に高まっていくでしょう。今までは自分を磨くことよりも、組織の中で従順に要領よく立ち振舞うことが重要でしたが、これからは、就職の際も、就職してからも、転職を考える際も、とにかく自分の価値を高く認めてくれる会社があることが、非常に重要になってくるからです。

 自分を磨くためには、勉強することが重要です。大学の講義を聴くだけではなく、広く本を読んだり資格試験を受けたりすることも役に立つでしょう。机に向かう勉強だけではなく、幅広い経験を積んで視野を広げることも社会勉強になるでしょう。クラブ活動でも旅行でもボランティアでもアルバイトでも、真剣に取組んで、自分なりに悩んだり工夫をしたりするという経験は、社会に出てからきっと役に立つでしょう。

 社会に出てからは、アフターファイブに勉強することも必要ですが、仕事を通じて手に職をつけるように心がけることも重要です。仕事が選べるのならば、汎用性のある技能が身につく仕事を選ぶとよいでしょう。語学力が身につく仕事、経理事務がこなせるようになる仕事、パソコンが使いこなせるようになる仕事などは望ましい例と言えるでしょう。一方で、単純作業の繰り返しや、その会社のその部署でしか役に立たない技能が身につくような仕事を選ぶことは、キャリアアップという観点から見ると得策ではないでしょう。もちろん、好きならばよいという考え方もあるでしょうが。

語学についてup
 

 学生が就職してから定年を迎えるまでのタイムスパンで考えると、日本経済の国際化の流れが止まることは考えにくいでしょう。少子化・高齢化の影響が今後本格化してくることを考えると、日本が世界第二の経済大国ではなくなっている可能性も高いでしょう。経済規模が大きければ大きいほど、国内で完結する仕事の割合が多い一方、経済規模が小さくなれば、海外と関係する仕事の割合が大きくなっていく傾向がありますから、その意味からも、今後、語学の重要性が一層高まっていくことは間違いないでしょう。

 語学を学ぶ場合、ビジネスの観点からいえば、何と言っても重要なのは英語です。これは最低でも今後数十年間は続くと考えてよいでしょう。今後仮に米国経済が急速に衰退していったとしても、基軸通貨がユーロや人民元にとって替わられることこそあれ、世界のビジネス用語がフランス語や中国語になることは考えにくいからです。通貨であれば、ある時から皆がユーロなり人民元なりを使えばよいわけですが、言語の場合は世界のビジネスマンがフランス語や中国語をマスターしなければならず、乗り越えるべき障壁ははるかに大きいからです。

 通常のビジネスにおいては、英語が世界共通語ですから、世界中のビジネスは基本的に英語で行われています。したがって、皆さんも英語さえ出切れば不自由はないはずです。一般的なビジネスという観点からは、第二外国語を学ぶ前に英語を磨くことをお勧めしたいと思います。

 第二外国語を学ぶ意味があるとすれば、第一はその国が好きで、その国に住んでもよいと考えている場合でしょう。「タイのエキスパートとして、サラリーマン生活の半分をバンコクで暮らした」という将来像を描けるかどうか、自分に聞いて見ましょう。第二は、「他人の行かない道(ニッチ市場と呼びます)を行く」戦略を採る場合でしょう。たとえば中国語を使う仕事が全体の2%だとして、中国語ができる人が全体の2%より少ないとすれば、競争条件は英語を勉強した人よりも有利だと言えるからです。もっとも、この戦略は運不運に左右されることになりますから、注意が必要です。たとえば中国経済が今後も発展して中国語を使うビジネスが増えていくのか、反対に減っていくのかを見極めることは難しいからです。現在のところ、アジア経済が急激に発展していますから、アジア言語のできる人が不足気味ですが、こうした傾向が今後30年間持続するという保障はないでしょう。こうしたリスクを取っても挑戦したいと思うには、やはりある程度その国が好きだということが必要のような気がします。

就職意識up
 

「寄らば大樹」という発想があります。トレンドとしては弱まっていくのかもしれませんが、不況期には強まるでしょうから、今の学生にも根強い考え方だと思います。ある意味では合理的なので、これを否定しようとは思いませんが、学生に自問自答して欲しい点を二つ申し上げておきます。

 第一は、大樹も倒れることがあるということです。戦後は石炭や繊維が花形産業で優秀な人材を集めていました。高度成長期には重厚長大産業と呼ばれた産業が花形でした。こうした業種の大手企業の中には、姿を消したところも多数ありますし、生き延びてはいても、企業の勢いが失われ、従業員は給料も上がらずにリストラされたりしているという会社も多数見られます。日本長期信用銀行、山一證券などは、比較的最近まで就職先として人気が高かった企業ですが、今はすでにありません。

第二は、鶏口牛後の発想をどう考えるかということです。人気企業には優秀な人材が多数集まりますから、仮に企業が繁栄を続けたとしても、企業内でやりがいのある仕事にありつける可能性は低いかもしれません。それならば、学生の人気が高くない企業で重要な仕事を任される方が良いという考え方もあるでしょう。

 人気企業と不人気企業を比べたときに、就職先としての好ましさがそれほど違わないのに、優秀な人材の集まり具合が極端に違うとすれば、あえて不人気企業を選ぶということを、一度は考えてみるべきかも知れません。

自分探しup
 

  学生のときに、自分が何をやりたいのか、自分が何に向いているのかを判断することは、非常に難しいことです。社会の仕組みも会社の仕組みも、学生の目からは一面しか見えないでしょう。しかし、限られた情報の中で決断しなければならないことは人生に数多くあります。むしろ、完全な情報をもとに決断をくだす場合など、めったに無いと言えるでしょう。

  理想と現実の差も大きいでしょう。好きなことだけをやっていて生活できる人は大変稀だからです。「会社の仕事は楽しいはずがない。会社がディズニーランドのように楽しかったら、給料をもらわずに入場料を払わなくてはいけないだろう」というわけです。私の大学時代、半分冗談で「どうして大学の講義はこれほど退屈なのか」という議論をしたことがありますが、「会社にはいって退屈な仕事を一日中続けるための訓練さ」という結論であったように思います。しかし、「だから仕事は何でもよい」というわけではなく、少しでも満足感のある仕事を選ぶべきなのは当然です。人生の相当部分を職場で過ごすわけですから、少なくとも嫌でたまらない仕事は避けるべきでしょう。

 偉そうなアドバイスが出来る立場にはありませんが、働いている人をみるたびに「私がこの人の仕事に就いたら」と想像してみることは、役に立つかもしれません。ドラマや小説の主人公は格好がよすぎるので、脇役を自分に置き換えてみる、日常生活においても車を売る営業マンや銀行の窓口嬢などに自分を置き換えてみる、といった習慣をつけておくとよいかもしれませんね。

  就職の際にベストな選択ができれば最高ですが、就職してからも、自分探しを続ければ、自分にあった仕事にめぐり合えるかもしれません。これからは転職もめずらしくなくなるでしょうし、社内にいても自分に合った道に転進できるかもしれないからです。私も、多くの人と同様に、就職した時にやりたかった事と、今やりたい事が異なっています。大変幸運だったのは、今の仕事がやりたい事と非常に近いということでしょう。会社に入ってからも「自分探し」を続け、社内で見つけた「好きな道」を歩けるように努力してきたことが幸運につながったのだと思います。

就職試験が早すぎる?up
 

 就職試験が早まったため、3年生の成績が就職試験の参考とされなくなり、その分学生が勉強しなくなったということは考えられるでしょう。しかし、昔から勉強する学生としない学生がいて、その比率が大きく変わったか否かは疑問です。就職難なので最近の学生の方が真面目だという面もあるのではないでしょうか。就職が早く決まるということは、卒論に腰を入れて取組めるということでもあるでしょう。

 自分を磨くという観点に立てば、就職が決まってから社会に出るまでの間の方が、就職が決まる前よりも実感が沸くという面もあるでしょう。最後のモラトリアムを充分エンジョイすることも大事でしょうが、この期間に英会話やパソコンに習熟し、ペン習字を練習したり会計の入門書を読んだりしておくことが、長い社会人生活を少しでも快適なものにするために有益だということは、申し上げておきたいと思います。

フリーターについてup
 

 フリーターといわれる中には、いろいろな人がいるでしょう。価値観が多様化しているので、いろいろな生き方があってよいと思います。

  「真面目に働くのは嫌だから、バイトでもして遊んで暮らそう」という人は、そういう人生観なのでしょう。そういう人には、今の時代にこの国に生まれてきた事が大変ラッキーだったということをしっかり認識して欲しいと思います。不況だと言っても日本は豊かですから、食べることに困る人は少ないからです。もっとも、そういう人に一言だけ申し上げるとすれば、50年後も日本が今のように豊かな国であるという保証はないということでしょう。自己責任の時代ですから、そうしたリスクを考えた上で自分の生き方を考えて欲しいということです。

 売れない小説家の卵が生活のためにアルバイトをしているというような、夢を追うタイプは、これも生き方ですから、がんばって欲しいと思います。自分の才能がどれくらいあるのかを見極めるのは大変難しいため、「才能がない場合にどうやって諦める決断をするのか」という問題はあるかもしれませんが、それは各自が自己責任で考えるべき問題です。

  しかし、「大企業の内定がもらえなかったから、中小企業で働くくらいならバイトでもしてチャンスを待とう」ということであれば、お勧めできません。不本意な就職先であっても就職して手に職をつけてチャンスを待つべきでしょう。インターネット時代といっても、社会はインフォーマルな情報ネットワークで動いています。「彼は○○に関しては一流だ」という評判が、社内外での新しい道につながるかもしれません。仕事上の知識を活かして何か資格がとれるかもしれません。こうした努力をするのとしないのとでは、良い結果が得られる可能性が大きく異なるということは認識しておいて欲しいと思います。

  学生時代の「自分探し」に失敗して、「何がやりたいかわからないから、とりあえずバイトでもしていよう」ということであれば、これもお勧めできません。何でも就職してみれば、その経験が自分探しに役立つでしょう。社会というものを経験してからの転職ならば、転職先の状況もある程度想像がつくかもしれません。手に職をつけておけば、将来やりたいことが見つかった時に役にたつかもしれません。

  将来は就職しようと考えているのであれば、企業側が「フリーターよりも会社勤めの経験がある人の方が安心だ」と考えていることを知っておくべきでしょう。仕事に対する取り組み姿勢が窺われるということもありますし、「社会人としての常識(職場内の人間関係のルール、接客のマナーなど)を知っているだけでも安心だ」ということもあるからです。

求められる人材像up
 

 求められている人材像と一言で言っても、業種により、職種により千差万別です。工事現場で働く人は体力が必要ですし、銀行の金庫で働く人は真面目で正直なことが絶対条件でしょう。こうした人たちは、臨機応変に自分の頭で考えることよりも、決められた仕事を決められたルールできっちりと処理していくことが求められているわけです。

  一方で、管理職になり、経営者になっていくと、自分の頭で考えて判断する仕事が増えていきますから、採用にあたっても、幹部候補生には「答のない問題について自分の頭で考える能力」を要求することになります。

 昔から「知識を詰め込んだだけの秀才タイプは要らない」と言われていますが、マニュアルを丸暗記しているだけでは「立派な担当者(兵隊)」にはなれても「立派な管理職(指揮官)」にはなれないということでしょう。

 自分の頭で考えるという訓練は、テキストがあるわけでもなく、誰かが教えてくれるわけでもありませんから、言うは易く行うは難いものがあります。答えのない問題にどう対応するかを日常から考える習慣をつけること、他人の話を一度は頭の中で否定してみること、常識と考えられているものの背景を考えてみること、などが役に立つかもしれません。たとえば、子供の視点、外国人の視点で見ると、我々の日常生活は実に不思議なことばかりです。どうして玄関で靴を脱ぐのだろう?なぜ通学定期は安いのだろう?世界中の言語を英語に統一したらどれほど便利だろう?といった事に疑問を持つ習慣をつけるというのも何かの役にはたつように思います。

     
  なお、上記は私個人の見解であり、私の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。(Aug.01記)
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