はじめに
|
| |
ある雑誌に、経済に関する頭の体操を寄稿しましたので、ご紹介します。特集のなかで、「数式を使って」ということでしたが、今ひとつ工夫が足りず、若干不自然なところに数式が登場します。次回は今少しうまくやりたいと思っています。それはともかくとして、頭の体操をお楽しみいただければ幸いです。
|
問1:ゼロ成長と国民生活の関係について、正しいものをひとつ選んでください。
|
| |
A:生産量が変化しないから、失業者は増えも減りもしない。
B:人口が一定ならば、国民の平均的な生活レベルも不変である。
C:国民全体としての貯蓄残高は、増えも減りもしない。
|
| |
経済成長率とは、実質国内総生産(財・サービスの生産量)の伸び率のことですから(経済成長率=生産金額増加率−物価上昇率)、これがゼロだということは、国内の生産量が前年と同じだということになります。一方で、生産技術は毎年進歩していますし、新しい設備も出来てきますから、同じ生産量ならば去年より少ない労働力で足りることになります(技術進歩等の貢献度+労働者数増加率=生産量増加率=0)。したがって、仕事のある人が減り、人口を一定とすれば失業者が増えることになりますから、Aは不正解です。
人口が増えず、生産量が変化しなければ、一人あたりが使える財・サービスの量は変化しません。したがって、平均的な生活レベルは変化しないわけで、Bは正解となります。最近では失業者が増加するなど、生活レベルが下がっている人も多いでしょうが、一方で、失業していない人のなかには、「給料が横ばいで生活コストが低下し、生活レベルが上がっている」という人も多いはずです(給料が上がらないと生活レベルの向上が実感しにくいかもしれませんが)。数学的に言えば、平均が変化しないということは、増えた人と減った人がいるということですから。
物価は変化しないとしましょう。企業は生産したモノを売って給料や配当を支払いますから、「生産量の変化率=売上金額の変化率=給料の変化率=ゼロ」と考えてよいでしょう。給料のうちで貯蓄にまわる割合は毎年一定だとすると、毎年の貯蓄額は一定となります。「今年の貯蓄残高=去年の残高+今年の貯蓄額」ですから、貯蓄残高は毎年増えていきます。したがってCは不正解です。引退した高齢者などは貯蓄を取り崩しますが、国民全体としては貯蓄額はプラスとなるはずで、実際に、貯蓄残高はバブル崩壊後も増え続け、全体としての「金融資産残高÷年間消費額」の倍率も上昇しています。
|
問2:不良債権処理と貸し渋りの関係ついて、正しいものをひとつ選んでください。
|
| |
A:銀行の融資残高が減っているのは、貸し渋りの証拠である
B:不良債権の処理とは、問題会社を清算することである
C:不良債権の処理が進むと貸し渋りが深刻化する可能性もある
|
| |
仮に貸し渋りが全くなくても「借り手に資金需要がない」場合には融資残高は減りますから、理屈から考えて「融資残高の減少は貸し渋りの証拠だ」とは言えないでしょう。したがって、Aは不正解です。もっとも実際には、借りたくても借りられていない中小企業があります。「借り手の業績が悪くて借りられない」など、「貸し渋り」にあたらないケースも多いでしょうが、それだけではなく、「当局の検査が厳しくなったために、銀行が貸し出し基準を必要以上に厳しくしている」、「BIS規制の制約(下記)から貸したくても貸せない」といった「貸し渋り」も、含まれているのかもしれません。
銀行が100億円貸した先が経営不振に陥り、10億円しか返せないとしましょう。銀行が決算時に90億円の引当金を積めば、必要最低限度の不良債権処理は終わりです。したがって、Bは不正解です。もっとも、小泉内閣は借り手の清算や債権売却といった「不良債権の最終処理」を求めています。問題を先送りすると事態が一層悪化しかねないため、一気に「外科手術」をすべきだというわけです。
不良債権の処理は、「100億円の不良債権が100億円の優良債権に置き換わる魔法」ではなく、外科手術ですから、短期的には「痛み」が生じることになります。貸し渋りに関しても、事態が悪化する可能性があります。不良債権を処理すれば、引当金を積んでも借り手を清算しても銀行の損が膨らみ、銀行の自己資本は減少します。一方、BIS規制は、簡略化すれば「銀行は貸出残高の8%の自己資本を持つべし(貸出×8%≦資本)」というもので、言い換えると「貸出≦資本×12.5」という貸出の上限を定めたものといえます。したがって、不良債権を処理して自己資本が減ると、貸出上限が下がり、貸し渋りが深刻化しかねません。よってCは正解です。公的資金を注入して銀行の資本を充実させれば貸し渋り対策にはなるのでしょうが、別の弊害も見込まれるため、賛否両論があるようです。
|
問3:金融緩和の効果ついて、正しいものをひとつ選んでください。
|
| |
A:日銀が資金供給すれば、世の中に出回る資金も比例的に増える
B:日銀が思い切り資金を供給しても、物価が上がるとは限らない
C:究極の金融緩和は現金をヘリコプターからバラ撒くことである
|
| |
金融緩和とは、日銀が銀行に対して「気前よく資金を貸し出す」ことで、日銀が資金を「贈与する」ことではありません。したがって、Cは不正解です。金融政策は、引締めの際は非常に強力な手段ですが、金融緩和の際の景気刺激効果には限界があります。その最大の理由は、「日銀が気前よく低い金利で貸してくれたとしても、いずれ借金は返済する必要がある」からなのです。企業は儲かりそうなプロジェクトがなければ借金をしませんし、個人も返済に懸念があれば住宅ローンは借りないでしょう。これでは景気刺激効果も限られてしまいます。こうしたことから、「金融政策はゴム紐のようなもので、引くのは簡単だが押すのは難しい」、「喉の渇いていない馬に水を飲ませることは難しい」などと言われているわけです。
世の中に出回る資金(マネーサプライと呼びます)の量についても、企業や個人が銀行から資金を借りたがらなければ、日銀が銀行に気前よく貸し出しただけでは増えません。この場合、銀行が日銀に借りた金額がそのまま銀行の日銀に対する準備預金に積み上がることになります。信用乗数(マネーサプライの増加額÷日銀の銀行への資金供給額)は一定ではなく、極端な場合にはゼロになることもあるわけです。したがって、Aは不正解です。実際に現状は、民間企業の資金需要が乏しいことなどから銀行の融資が伸びておらず、すでに信用乗数がゼロに近いという人もいる状況です。
M=kPYという式があります。kは「マーシャルのk」とよばれるもので、「世の中の人が資金を手にしてから使うまでの期間」だと言えます。これは一定だとしておきましょう。実質GDP(Y)も、短期間ではほとんど変化しないとしましょう。すると、マネーサプライ(M)が増えると、物価水準(P)が上昇するということになります。デフレ阻止のために日銀が金融緩和をしてマネーサプライを増やすべきだという考え方です。もっとも、信用乗数がゼロならばマネーサプライは増えませんし、マネーサプライが増えたとしてもkが大きくなれば(人々が手元に資金を持っている期間が長くなれば)物価は上がりません。したがって、Bは正解です。
|
問4:景気と為替相場の関係ついて、正しいものをひとつ選んでください。
|
| |
A:円安はいつでも景気にプラスにはたらく。
B:急激な円安は、日本版「アジア通貨危機」につながりかねない。
C:不況が円高の原因になることもある。
|
| |
円安は、輸出を増やし、輸入を減らす方向に働きますから、国内生産を大いに刺激します。また、輸出企業は円の手取りが増加して収益が改善しますから、一般論としてみれば、円安は景気にプラスだといえましょう。輸入物価の上昇にはデフレ傾向を緩和させる効果も見込まれますから、今の日本にとっては、なおさらです。もっとも、円が急激に安くなる局面では、市場の円安予想が強まるため、「日本株予想値上がり率≦外国株予想値上がり率+予想円安率」などとなりやすく、投資家が日本の株や国債を売って外国に資金が逃避する可能性が高まります。そうなると株価が下がり長期金利が上がり、景気が悪化する場合もあるでしょう。したがってAは不正解と言えましょう。(そもそも、円安は交易条件を悪化させるため景気にマイナスだという理論もあり、輸出入の価格弾性値が小さい場合には、そうしたことも起きるかもしれません)。
もっとも、仮に円が急落しても、通貨危機時のアジア諸国のような大混乱は起きないでしょう。アジア諸国の場合には対外債務が外貨建てであったため、「債務の返済負担=外貨建て債務残高×為替レート」となっており、自国通貨が安くなったことで、外貨建ての負債が返済できなくなりましたが、日本の場合は債務の多くが円建てなので、こうした問題が生じないからです。また、国全体としての対外純資産が大幅なプラスですから、外貨繰りの問題も、通貨危機当時のアジア諸国に比べれば、はるかに軽微でしょう。株価下落などで一時的に不況になることはあっても、深刻な危機に陥る心配は小さく、遠からず輸出が伸びて景気は回復していくと思われます。したがって、Bは不正解と言えましょう。
不況だと金利が下がったり株価が下がったりするため、外貨預金や対外株式投資が増え、それが円を安くする力として働きます。一方で、不況期には、国内の需要が減りますから、原材料の輸入も製品の輸入も減るでしょう。輸入が減ると、貿易黒字が増え、貿易黒字の増加は円を高くする方向に作用します。したがって、後者の効果が前者の効果よりも大きい場合には円高になるわけで、Cは正解です。最近は「不況は円安要因」と考える人が多いようですが、そうとは限らないというわけです。
|
| |
|
|
| |
なお、上記は筆者の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。 |