| はじめに
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日本の経常収支が赤字に転落するのではないかと心配する人が増えてきました。そこで今回は、この問題を採り上げてみたいと思います。例によってある雑誌に寄稿した原稿ですが、ご笑覧ください。
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経常収支黒字は縮小中
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思えばバブル期は、日本経済が我が世の春を謳歌していた時代であった。景気が絶好調であったこともあるが、莫大な経常収支黒字と円高を背景に日本が世界中の資産を買い漁り、「ジャパンマネー」が暴れまわって世界中から恐れられていた。
その後、バブルが崩壊して日本の景気が悪くなるとともに、「ジャパンマネー」は鳴りをひそめ、それとともに世界における日本の存在感は大きく後退してしまい、「ジャパン・バッシング」から「ジャパン・パッシング」へと国際社会の流れが変わってしまったのである。
意外と注目されていないが、この間も、日本の経常収支は黒字を続けており、外貨準備も対外純資産も当時に比べてはるかに大きくなっている。これが「日本国債の残高が巨額に上っても、政府がファイナンスに四苦八苦せずに済んでいる」要因の一つであり、「高齢化社会を迎えて経常収支が赤字に転じることが予想される日本にとって、将来取り崩すことができる虎の子の貯金」となっているわけである。
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ところがここにきて、「日本の黒字が急激に減りつつある。このままでは遠からず日本は経常収支赤字に転じてしまうのではないか」といった懸念をしばしば耳にするようになった。「いつまでたっても景気がよくならないばかりでなく、本格的な高齢化社会を迎える前に経常収支が赤字に転落してしまったのでは、日本経済の将来に何の望みもなくなってしまう」といった悲観論もささやかれているようである。
こうした懸念の背景には、日本の貿易黒字が大きく減っている(貿易黒字は九八年の16兆円に対して昨年の見込みは9兆円)ことがあるが、加えて「本来は不況期で円安であれば黒字が大きく増えるはずなのに、減っているのだから、将来景気がよくなって円高になれば、今程度の黒字など吹き飛んでしまうだろう」ということも考慮されているのであろう。「日本企業が相次いで中国などに生産拠点を設け、日本が空洞化しつつある」といった恐怖感も背景にあるものと思われる。
こうした懸念は、一理あるものと思われるが、結論を先に述べれば、日本の経常収支黒字が近々消滅して日本が赤字国に転落することは考えにくい。少なくとも今後五年間は、日本の黒字国としての地位は維持できるであろう。その理由として、「現在の黒字縮小の要因が続きそうも無いこと」、「日本の輸出が中長期的に増えていくと考えられること」などが挙げられよう。
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昨年の黒字縮小は一時的現象
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昨年経常収支黒字が縮小した大きな要因の一つは、米国の景気減速がアジアを含めた世界的な景気減速を通じて日本の輸出数量を大きく落ち込ませたということである。もっとも、昨年の米国をみると、需要の減少に比べて輸入の減少ペースが非常に急速であり、「需要が減った以上に輸入を減らして在庫を圧縮した」結果となっている。このことは、昨年の輸入量は昨年の需要量に見合ったものよりも少なくなっていることを意味している。したがって、仮に今後米国の需要が横ばいで推移したとしても、輸入量は「需要に見合った水準にまで回復する」ことが見込まれるわけである。今後の米国の景気は不透明であるが、上記からすれば、いずれにしても日本の輸出が減りつづけることは考えにくいだろう。
中国などから繊維製品などが大量に輸入された結果、「不況にもかかわらず輸入が増える」という現象が起きたことも、経常収支黒字の縮小の大きな要因であった。アジア諸国の製品が急速に品質を高めつつあり、一方で日本の消費者が先行き不安などから財布の紐を引き締めて安値志向に走っていることが背景にあるのであろう。もっとも、中国などからの輸入増には一服の兆しが見え始めていることもあり、前年比二桁の伸びといった急激な伸び率がいつまでも続くとは考えにくい。
昨年の経常収支黒字が減少した今ひとつの要因は、ユーロ安によって欧州向けの輸出が大きく減少したことである。もっとも、ユーロはすでに割安の水準にあると思われ、少なくとも今後一層のユーロ安が進展していくことは考えにくいため、欧州向けの輸出が減りつづけることも考えにくいといえるだろう。
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経常収支黒字を増やす要因も
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日本の輸出製品は、技術集約的な高付加価値品が多く、しかも高品質であるため、「多少高くても日本製品が欲しい」という需要が強い(需要の価格弾力性が低い)一方で、「貿易相手国の経済が発展すると、急速に日本製品に対する需要が高まる(需要の所得弾力性が高い)」という特徴を有している。これが日本の輸出を中長期的に増やしていく効果を持つことに注目する必要があろう。
価格弾力性が低いことは、アジアの製品との全面的な価格競争が避けられるという点で大いにプラスである。そうでなければ、賃金などのコスト差を考えると、アジア諸国の輸出産業が育つとともに日本製品が駆逐されてしまいかねないからである。
しかし、更に重要なのは所得弾力性の高さであろう。アジア諸国で設備投資が活発化すれば、日本製の設備機械の輸入が増えるであろう。設備が立ち上がって生産が始まれば、少なくとも心臓部の部品については日本製のものが用いられる割合が少なくないであろう。生産の増加でアジア諸国が豊かになれば、消費者は日本製消費財を買うようになるだろう。こうして、日本の輸出は増えつづけるのである。
一九八五年のプラザ合意で大幅な円高になった時以降、何度となく「日本の貿易黒字は遠からず消滅する」と言われてきたが、現在まで高水準が続いている。その大きな理由がこうした日本製品の特質なのである。日本の主要輸出品が石油や農産物であった場合を想像してみれば、その影響は明らかであろう。したがって、極端な楽観は禁物であるが、同時に極端に悲観する必要もないのである。
さて、ここまでは貿易収支について主に考えてきたが、経常収支を考える際には「所得収支」も考える必要がある。「日本が経常収支黒字で貯めた外貨は、米国債などの形で保有されており、毎年利子を生んでいる。この利子部分も日本の重要な収入源だ」ということである。
日本は永年にわたって大幅な経常収支黒字を続けてきたので、対外的な資産は莫大な金額にのぼっており、その利子もまた巨額であるが、重要なことは、これが今でも毎年増えているということである。これが経常収支の減り方を緩和しているわけで、九八年と昨年を比べると、貿易黒字が七兆円減っている一方で経常収支黒字は四兆円しか減っていない。こうした効果は今後も見込まれよう。
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長期的には赤字転落も
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もっとも、十年先には経常収支が赤字に転落している可能性も小さくない。第一の要因は少子化・高齢化により、日本の中で「作る人と使う人の比率」が大きく変化することである。高齢者となる個々人にとっては「今までの蓄えを取り崩して消費する」ということであろうが、国全体としては貿易収支や経常収支が赤字化する要因となるわけである。影響の大きさは、今後「高齢者や女性のうちで働く人の割合」が増えていくか否かなどによるであろうが、ある程度の影響は避けられまい。
第二の要因はアジア諸国の一層の発展であろう。「高くても日本製品」といわれているのは、製品の品質に格差があるからで、これが埋まってきたときには価格差がモノを言うようになり、日本製品に対する需要が大きく落ち込みかねない。アジア諸国に追いつかれないよう、追い上げられた分は日本も進歩して、品質格差を保っていかなければならないわけである。
くわえて、「勤勉で優秀な労働力が日本の発展を支えてきたことを考えると、最近の若者が経済の中心となる時のことが心配だ」「日本の経営者が雇用を守ろうとしているから工場の海外移転がこの程度でおさまっているが、経営者が雇用維持を重視しなくなったら一気に工場が海外に移転してしまうだろう」といったことも懸念される。杞憂かもしれないが。
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なお、上記は私の個人的な見解であり、私の属する組織などの見解をお示ししたものではありませんし、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。(Feb.2002記) |