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現在の多数説は「構造問題があるから景気も株価もよくならない。構造問題を一気に解決してしまう必要がある」というものでしょう。こうした考え方はわかりやすいのですが、私には素直に納得しえないように思われます。
構造問題とは、慢性病のようなもので、「いつでもあるが、気になる時と気にならない時がある問題点」でしょう。
構造問題があるから株価が下がるということは、全く無いとは言いませんが、直接的な関係は少ないようです。なぜならば、去年株価が2万円を超えていたときも構造問題は存在していたわけで、「最近構造問題が急に発生して株価を押し下げている」というわけではないからです。
もっとも、「構造問題に株式市場が注目しはじめると株価が下がる」ということはあるでしょうし、現在の株価下落の相当部分はそうした要因でしょう。これを裏返して「構造問題が解決されない以上、株価は上がらないだろうから売っておこう」という人が多いというわけです。しかし、これは鶏と卵のようなもので、株価が下がると一層構造問題が注目されるということには留意が必要でしょう。
「構造問題があるから景気がよくならない」というのも同様で、全く誤りとは言いませんが、96年には構造問題があったのに景気は相当よかったわけで、「胃潰瘍があるから速く走れない」というようなことは無いわけです。
もっとも、「だから構造問題は解決しなくてよい」というわけではありません。中長期的に日本経済が健全な発展を遂げていくためには、慢性病をしっかり治療しておく必要があるからです。この点については異論はありません。
何が解決されるべき「構造問題」かというのは、人によって考え方が違うかもしれません。財政赤字、銀行の不良債権問題、企業の抱える設備、人、負債の「三つの過剰」あたりが解決されるべき構造問題であるという点は異論が無いでしょう。「規制緩和」とか「日本的経営からグローバル・スタンダードへ」といったあたりは、多数説でしょうが、全く正しいというよりも、ケース・バイ・ケースといったところでしょうか。
問題は、構造問題を解決していく方法とスピードでしょう。「慢性病は患者の体力を考えずにすべて外科手術で治療すべき」というお医者様はいないでしょう。「どうせ慢性病なのだから、薬を用いて時間をかけて治していきましょう。外科治療に関しては患者の体力を見ながら一つづつ行っていきましょう」というところではないでしょうか。
評論家が「患部はすべて切るべし」というのは歯切れがよくて読者受けも良いでしょうが、「日本経済は大胆な外科手術に耐えられる体力を持っているか」を慎重に議論している人は多くないように思います。それでは実際の政策責任者はこわくて採用できないでしょう。
たとえば、銀行の不良債権問題を一気に根本的に解決しようとすれば、「返済できない借り手はすべて倒産させ、担保はすべて競売する」ということが必要になりますが、すると、土地の値段は数分の一に暴落し、どこの銀行も担保が売れずに不良債権が回収できず、日本中の銀行が危機に陥るかもしれません。少なくとも倒産が激増して失業者が街にあふれ、大不況になって「現在は健全な借り手」でさえも返済が出来なくなる可能性は小さくないでしょう。これでは「角をためて牛をころす」ようなものでしょう。
結論から先に述べると、現在の日本の構造問題解消は、ちょうど良いペースで進んでいるように思います。「遅々として進んでいない」という人がいますが、そんなことはありません。
企業はリストラを進めて余剰人員を減らして収益性を高めており、収益が増えた分を借金の返済に充てており、設備投資もIT関連以外は控えめにして設備の過剰を減らしていますから、「三つの過剰」は小さくなる方向にあります。
株式持ち合いの解消も進んでいます。会計制度の変更により、企業が株式の持合を続けていくことが難しくなってきたということですから、政府が政策的に構造問題を解決しつつある一例と言えましょう。
銀行の抱える不良債権も、少なくとも峠は越えて、その後も減少しつつあります。当初の不良債権の認定が甘く、途中から不良債権に分類されたものがあるために、残高の減り方が遅いように見えますが、決して処理が進んでいないということではないわけです。
財政赤字は依然として巨額ですが、よく見ると僅かずつではありますが、赤字削減の努力がなされていることがわかるでしょう。
問題は、こうしたことがすべて景気にマイナスに働いているので、これ以上の加速は出来ないということにあります。むしろ今の景気を考えると、少しペースが速すぎるのかもしれません。
現在の多数説の問題は、「構造問題は早急に解決すべき」と言いながら、たとえば持ち合い解消で株価が下がると「構造問題を放置しているから悪い」ということでしょう。構造問題を解決しようとして手術をしているから血が流れているわけで、これを積極的に評価することが必要なのではないでしょうか。
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