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景気の見方読み方
Mar.01 2001.3.1
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最近の株安で3月危機は来るか

要旨

今の株価は、今の景気などから考えると安すぎるように思います。株価は人々の思惑などで動く面が大きいということでしょう。株価が下がりすぎると、それが景気を悪くしてしまう心配があります。しかし、政府がよほど大きな誤りを犯さなければ、3月危機といった事態には至らないでしょう。なお、「米国の不況に伴う円高」のリスクには要注意。

今の株価は景気を反映しているか up
 

株価を決める一番重要な要素は配当と金利で、配当を決める一番重要な要素は企業収益です。企業収益は去年よりもはるかに大きく、金利は去年よりも低い(長期金利の話です。短期金利はわずかに今年の方が高いわけですが、大きな差ではありません)ため、理屈で言えば株価は去年よりも高いはずなのです。しかし、実際の株価は去年の春に2万円を越えていたのに今は13千円で低迷しているわけです。その理由は、株を売買している人が頭が悪いからではなく、頭のよい人たちが一生懸命考えて次の二つの結論に至っているからなのです。

第一は、株価は「美人投票」的に決まりますから、周りの人が株が下がると思っている時には自分もそう思うことが利益につながるからです。株が下がるだろうと皆が思えば皆が株を売り、株価は下がります。一人だけ「企業の利益は増えているし金利も下がっているから株価は高いはずだ。今の株価は誤りだ」と「正しい理屈」を述べて人のやらないこと(株を買う)をやると、結局はもうからないわけです。くわしくは拙著104ページをご参照ください。

第二は、株価が下がると景気が悪くなって企業の収益が悪くなる場合があるからです。株価が下がると逆資産効果(消費者が、株式投資で損をしたために贅沢をする気分でなくなること)によって財布の紐を締めると景気が悪くなりますし、銀行がBIS規制によって貸し渋りをしはじめる可能性もあるからです。消費者が財布の紐を締めたり銀行が貸し渋りをしたりすると、景気が悪くなって企業の利益が減り、配当が減り、「あるべき株価」、「正しい株価」が下がってしまうかもしれないわけです

 

 

さて、株を売買する人たちは、日本の景気は相当悪いと考えている人が多いようです。エコノミストと呼ばれる人たちのなかには景気がよいという人も悪いという人もいますが、その平均よりも株式市場の人の平均の方がはるかに悲観的なようです。なぜでしょうか。

株式市場の人は、「真実を求めて悩むのではなく、まわりの人と同じような考え方をする」というように鍛えられているからです。まわりの人が「景気が悪いから株価は下がるだろう」と言っているときに、「景気が本当にわるいのかどうか」を真剣に悩んでいるようでは投資で儲けることは難しいでしょう。「真実を見つめようとする」よりも「周りの人が景気が悪いと考えているようだから、景気が悪いという前提で考えよう」という発想をすることが必要な場合が多いわけです。

 

    

拙著で、「株式市場の参加者は、エコノミストの景気に関する見方に耳をかたむける。景気の変わり目を知ることで企業収益に関する市場参加者の認識の変化に先回りすることが出来るかもしれないから」ということを書きました。これは、「優秀な市場参加者は、エコノミストの見解を聞いたうえで、近々市場参加者の認識が変化するか否かを予想する」という意味であって、彼らがエコノミストの景況感に従って行動するという意味ではありません。念のため。

 

エコノミストたちは景気のことを考えるプロですから、株式市場の人よりも景気の予測は当たる可能性が高いと思いますし、私も株式市場の人が懸念するほど日本の景気は悪くないと考えています。しかし、こわいのは株価の下落が景気を悪くしてしまうリスクだと思っています。

株価が下がると逆資産効果や貸し渋りなどで景気が悪くなるかもしれません(上述)し、さらには人々のマインドの暗さを通じて消費や投資が手控えられることになるかもしれないからです。

一度株式市場の景気観が悲観的になると、悲観的な見通しを述べる人が当たるわけですから、皆が悲観的な人の意見を聞きますし、マスコミにも悲観的な人が登場しやすくなります。すると一層市場の雰囲気が悲観的になっていくわけですが、株式市場と関係の無い消費者や企業経営者も毎日「景気は悪そうだ」という話を聞かされ、実際に株価が下がっていくのを見ると、「本当に景気は悪いのだろう」と考えて、消費や投資を抑制し、本当に景気が悪くなることがありうるからです。

可能性は大きくないと思いますが、こうして「景気悪化→株価下落→景気悪化」というスパイラルが発生すると大変です。そうならないように政府の対策が求められているわけです。

 

「構造問題」をどう考えるか up
 

現在の多数説は「構造問題があるから景気も株価もよくならない。構造問題を一気に解決してしまう必要がある」というものでしょう。こうした考え方はわかりやすいのですが、私には素直に納得しえないように思われます。

構造問題とは、慢性病のようなもので、「いつでもあるが、気になる時と気にならない時がある問題点」でしょう。

構造問題があるから株価が下がるということは、全く無いとは言いませんが、直接的な関係は少ないようです。なぜならば、去年株価が2万円を超えていたときも構造問題は存在していたわけで、「最近構造問題が急に発生して株価を押し下げている」というわけではないからです。

もっとも、「構造問題に株式市場が注目しはじめると株価が下がる」ということはあるでしょうし、現在の株価下落の相当部分はそうした要因でしょう。これを裏返して「構造問題が解決されない以上、株価は上がらないだろうから売っておこう」という人が多いというわけです。しかし、これは鶏と卵のようなもので、株価が下がると一層構造問題が注目されるということには留意が必要でしょう。

「構造問題があるから景気がよくならない」というのも同様で、全く誤りとは言いませんが、96年には構造問題があったのに景気は相当よかったわけで、「胃潰瘍があるから速く走れない」というようなことは無いわけです。

もっとも、「だから構造問題は解決しなくてよい」というわけではありません。中長期的に日本経済が健全な発展を遂げていくためには、慢性病をしっかり治療しておく必要があるからです。この点については異論はありません。

何が解決されるべき「構造問題」かというのは、人によって考え方が違うかもしれません。財政赤字、銀行の不良債権問題、企業の抱える設備、人、負債の「三つの過剰」あたりが解決されるべき構造問題であるという点は異論が無いでしょう。「規制緩和」とか「日本的経営からグローバル・スタンダードへ」といったあたりは、多数説でしょうが、全く正しいというよりも、ケース・バイ・ケースといったところでしょうか。

問題は、構造問題を解決していく方法とスピードでしょう。「慢性病は患者の体力を考えずにすべて外科手術で治療すべき」というお医者様はいないでしょう。「どうせ慢性病なのだから、薬を用いて時間をかけて治していきましょう。外科治療に関しては患者の体力を見ながら一つづつ行っていきましょう」というところではないでしょうか。

評論家が「患部はすべて切るべし」というのは歯切れがよくて読者受けも良いでしょうが、「日本経済は大胆な外科手術に耐えられる体力を持っているか」を慎重に議論している人は多くないように思います。それでは実際の政策責任者はこわくて採用できないでしょう。

たとえば、銀行の不良債権問題を一気に根本的に解決しようとすれば、「返済できない借り手はすべて倒産させ、担保はすべて競売する」ということが必要になりますが、すると、土地の値段は数分の一に暴落し、どこの銀行も担保が売れずに不良債権が回収できず、日本中の銀行が危機に陥るかもしれません。少なくとも倒産が激増して失業者が街にあふれ、大不況になって「現在は健全な借り手」でさえも返済が出来なくなる可能性は小さくないでしょう。これでは「角をためて牛をころす」ようなものでしょう。

結論から先に述べると、現在の日本の構造問題解消は、ちょうど良いペースで進んでいるように思います。「遅々として進んでいない」という人がいますが、そんなことはありません。

企業はリストラを進めて余剰人員を減らして収益性を高めており、収益が増えた分を借金の返済に充てており、設備投資もIT関連以外は控えめにして設備の過剰を減らしていますから、「三つの過剰」は小さくなる方向にあります。

株式持ち合いの解消も進んでいます。会計制度の変更により、企業が株式の持合を続けていくことが難しくなってきたということですから、政府が政策的に構造問題を解決しつつある一例と言えましょう。

銀行の抱える不良債権も、少なくとも峠は越えて、その後も減少しつつあります。当初の不良債権の認定が甘く、途中から不良債権に分類されたものがあるために、残高の減り方が遅いように見えますが、決して処理が進んでいないということではないわけです。

財政赤字は依然として巨額ですが、よく見ると僅かずつではありますが、赤字削減の努力がなされていることがわかるでしょう。

問題は、こうしたことがすべて景気にマイナスに働いているので、これ以上の加速は出来ないということにあります。むしろ今の景気を考えると、少しペースが速すぎるのかもしれません。

現在の多数説の問題は、「構造問題は早急に解決すべき」と言いながら、たとえば持ち合い解消で株価が下がると「構造問題を放置しているから悪い」ということでしょう。構造問題を解決しようとして手術をしているから血が流れているわけで、これを積極的に評価することが必要なのではないでしょうか。

「三月危機」は来るか up
 

株価が下がって3月に日本経済が危機的状況に陥るという見方があります。結論的には、「政府が間違えれば何時でも危機は起きるが、その可能性は小さい」、「危機が起きるタイミングとして今年の3月が他の時期よりも危ないということはない」ということだと思います。

政府が間違える可能性としては、「市場の暴走を止められない」「構造問題解決のスピードが日本経済の体力に比べて速すぎる」などがありましょう。

前者の例としては、株価が暴落をはじめたときに適切な対応をとらないと、株価が一層下落していくという場合です。株価が下がるともっと下がるだろうという予想を生み、実際に株価が下がるということもありますが、重要なことは株価が下がると「売りたくないのに売らざるを得ない」人が増えて株価が急激に下落する可能性があることです。「信用買いが追証に迫られて投げる」といわれるものが代表的ですが、株式を担保に借金をして株を買っている人は、担保に入れた株が値下がりすると、銀行から「担保の株を売って借金を返してください」と言われるので、株価見通しにかかわらず売らざるを得ないことになるわけです。また、プロの世界では「損切り」というルールが定めてあることが多く、「一定以上の損が出たら必ず売ること」と決められている以上、これもまた相場見通しにかかわらず売らざるをいないわけです。こうなると、「売りが増える→株価が下がる→更に売りが増える」というスパイラルがとまらなくなる可能性があります。実際には株価が十分下がったところで「押し目買い」がはいり、株価が急速に反転していく場合が多いわけですが、株価が十分下がったときに銀行が倒産してしまったりする可能性が皆無ではないわけです。こうした危機は一時的なものですから、PKOといった「劇薬」でも何でも用いて急場をしのげば事態は沈静化するでしょうが、万が一対策が遅れるリスクは皆無ではないでしょう。

後者の例としては、たとえば97年の時が挙げられましょう。97年には「財政赤字削減は増税と歳出抑制で一気に進めると同時に、慢性疾患である山一證券と北海道拓殖銀行は一気に清算する」という「正しい意図を持った誤った政策」が立ち直りかけた景気を奈落の底へ突き落としたわけです。

97年の失敗は、よく見ると「自発的に行った財政再建」という能動的なものと「市場が退出を命じた山一や北拓を助けなかった」という受身的なものがありますが、大差は無いでしょう。たとえ市場から資金がとれなくなったとしても無制限の日銀特融を行えば延命は出来たはずだからで、結局は「延命させれば出来たのに延命させない」という意思決定が行われたはずだからです。もっとも、急なことで延命させるか否かを十分検討している暇がなかったということはあるかもしれませんが、そうであれば「危機管理に問題があった」という別の失敗との複合要因なのかもしれませんね。

いずれにせよ、政府も今回は学習していますから、同様の誤りをおかす可能性は小さいと考えてよいでしょう。実際に財政再建のスピードは緩やかですし、長銀や日債銀の時は北拓の失敗の轍をふまない工夫がなされたわけです。ペイオフの解禁も、日本の金融システムに充分な体力が戻っていないことを正しく認識して延期されていますので、近い将来に問題となることはないと思われます。

政府の大きなミスがないとすれば、近々大きな問題が生じる可能性は小さいでしょうし、3月が特に危ないと考える必然性も無いように思います。銀行の決算が3月末を超えられないということはないでしょう。たとえ株価が下がっていても「原価法」を採用すればよいからです。そもそも決算が出てくるのは4月以降ですから、3月に何かが起きるということはないでしょう。持ち合い解消は着実に進んでいくでしょうが、特に3月末までといったタイムリミットに追われるということはなさそうです。銀行の不良債権処理も着実に進んでいくでしょうが、銀行が「返済不能な借り手を3月末までに倒産させて資金回収を図る」という特別の動機も見当たりません。あるとすれば、「3月に危機が来る」という恐怖心から人々が株を売り急いだり銀行が資金回収を急いだりする場合でしょうが、可能性が高いとは思われません。

個人的に一番心配しているのが「米国の景気後退→米国政府のドル高政策の転換→急激な円高の進展→大不況」というパスですが、これも近々起こりそうなシナリオではないでしょう。(後述)

政府の採り得る株価対策について up
 

政府が大きな失敗をしなくても、株式市場の悲観論が進むと実際に景気を悪化させて株価が更に下がる可能性があることは、冒頭に述べたとおりです。したがって、政府はこれを防ぐために何らかの株価対策を求められる可能性が大きいわけです。先に発表された対策は、効果が今ひとつでしたから、今後追加的な対策を迫られる可能性が否定できないと言えましょう。

「構造改革を一気に進めることが真の株価対策だ」というような単純なものではなさそうだということは先に述べたとおりです。それでは逆に「持ち合い奨励策」というような構造改革に逆行するような対策はどうでしょうか。

日本の株式市場の売買主体のなかで、外国人の占める重要性は非常に大きなものがあります。そして、彼らは日本経済の構造改革が先送りされると失望して日本株を売るという傾向があります。最近では日本人投資家の中にも構造改革が進まないと日本株は買いたくないという人が増えているようです。したがって、少なくとも露骨に構造改革に逆行するような政策はとりにくいでしょう。

私は、「危機管理をしっかり行い、そのことを市場にアナウンスする」ことが重要であろうと考えています。「もし大手銀行が破綻しそうになったら、必ず日銀特融をつけた上で国有化し、金融システムは守る(破綻銀行の経営者までは守らない)」、「BIS規制比率が問題で貸し渋りを行う銀行が出てきたら、追加的な公的資金の注入を直ちにかつ大量に行う」というようなアナウンスを行えば、市場が持っている「金融危機に対する漠然とした不安感」が払拭され、実際に金融危機が起きる可能性が大きく減少するでしょう。「銀行は健全だ」というだけでは信じない人も多いでしょうが、「仮につぶれそうになっても必ず助ける」といえば人々は安心するでしょう。「そういうアナウンス自体が危ない銀行の存在を認めているようで・・」という考え方もあるでしょうが、妥当とは思われません。

40年の山一證券危機に際し、「無担保無制限の日銀特融を行う」といった蔵相の一言で市場の不安がおさまり、山一證券が危機を乗り越えたという事例が示すとおり、市場の不安を取り除くことが危機に際して政府に求められる最大の対応策なのではないでしょうか。

金融危機は、不良債権のような原因と、不安心理などのキッカケがあって表面化するわけです。不良債権問題の根本的な処理によって「臭いにおいは源から断つ」ことが日本経済の体力からみて困難である以上、不安心理の除去で「臭いものにフタ」をし、時間を稼いで臭さの源を少しずつでも着実に減らしていくということが必要なのではないでしょうか。

リスクシナリオ・・くわしくは、拙稿Dec.00をご覧下さい up
 

米国の景気は相当悪くなる可能性があると思います。「山高ければ谷深し」というわけです。「ニューエコノミーだから問題ない」という人は多いのですが、ニューエコノミーというのは「需要が強くても供給が追いつくから大丈夫」というものであって、需要が弱くなってきたときにも大丈夫かどうかは充分に検討されていないからです。

米国の景気が悪くなると、「ドル高は米国の利益」という米国政府の政策が維持できない可能性があります。景気が悪いときに円安ドル高で日本製品が流入してくると、米国の企業も困るし失業者も増えるからです。

円高になると、景気が悪くなります。最近の日本経済の構造変化により「円高が景気に悪い」度合いが顕著に増加しつつあることには充分注意が必要でしょう(詳しくは拙著を参照してください)。

一方で、米国の景気悪化に伴う日本からの輸出の減少や、米国株安につられた日本の株安は、影響が無いとは言いませんが、日本の景気を多少下押しすることはあっても、危機的な状況にまで陥れることはないと思われます。日本経済の対米依存度がそれほど大きくないからです。

     
  なお、上記は私個人の見解であり、私の属する組織などの見解を示すものではありません。また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。念のため。
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